第10話 遠くにいても騒がしい土曜日

夏の終わりとは思えない暑いお昼下がり。

仕事のない私は1人ぼんやりしていた。


「わーーーーー」


リビングのソファに座り、意味もなく声を出してみた。

それは誰の耳にも届かず、壁に跳ね返り帰って来た。

今日は土曜日。

清音家から音が消えて静かになる唯一の時間。


夕夏はラーメン屋のアルバイト。

花夜は陸上部。

それぞれ外出していて、家事を終わらせた私は一人のんびりとしている。


妹の前では良い姉でいようと、無意識に張っていた肩から力が抜けた。

みんなが帰ってくるまでのあと数時間、少し悪いけどのんびりさせてもらおう。

手を上に伸ばして大きく体を伸ばす。


読みかけの本を読み切ろうかな。

その前に読書のお供にアイスカフェオレを取りに冷蔵庫へ。

作り置きのコーヒーと牛乳を手に取り、プシュッとあける。

……あれ?

するはずがない音に手元を見ると何故か発泡酒の缶が開いていた。


「無意識にもほどがあるわ」


いつものお風呂上がりの癖か、はたまた仕事のストレスか。

少し抜けているようだ。


「お休みだしまあいいよね」


自分に言い訳をして口をつけると、緩いアルコールが心地よい。

今日は車出す用事なかったよね?

うん、大丈夫。


本を開き、ちびちび飲みながら楽しんだ。

山あり谷ありとは正反対の、落ち着いた日々が描かれたエッセイ。

特別はない、ただあたりまえがある。

それが私はすごく好きなんだ。

綴られた1行を読むたびに、姉妹での毎日がそこにあてはまるようで。

嬉しいような気恥ずかしいような。


気がつくと本は終わり、缶も空になっていた。

楽しくて美味しかったと立ち上がろうとした時。

卓上のスマホが震え、止まり、もう一度震えた。

なんだろうと見るとメッセージが2件。


<バイト休憩にはいった。今日お客さんスゴいよ>

<部活終わったからこれから帰るね。お腹へったよー>


それぞれの妹からメッセージが同時に届いていた。


「こんなとこまで仲良しだね」


いつもはいがみ合っていても結局は仲の良い2人。

タイミングも同じなんだ。


「大丈夫?水分だけはとってね……っと

 おつかれさま。おやつ準備して待ってるね……っと」


返信しながら自分が笑っていることに気がついた。

自覚はあるけど妹バカが進行してるね。

間髪入れず返信が返ってきた。


返しては受信し、返しては受信し。

1人きりのはずの部屋が、急に音を取り戻す。


「遠くにいても騒がしいや」


それがどんなに大切なことか。

両親が死んでだいぶ経ったな。

泣きじゃくる日から、また笑える日になって。

あたり前な毎日か。

私にはもったいないくらいだな。


なんだか嬉しくて発泡酒の2本目を開けたくなったけど我慢して、残された僅かなひとりを満喫した。

もっとのんびりしたい、早く帰ってきてほしい。

正反対の気持ちに苦笑する。


どうころんでもお得は見えている、悪くないね。

クッションを抱えて、ゴロンと横になった。

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