22話 エミリの許婚

 

 数秒後、周囲の霧は晴れ、視界が開ける。

 どうやらエミリが魔法を解いたようだ。

 そして、エミリは折れた木刀を見つめていた。


 「ああ悪い、折るつもりはなかったんだ。さあ、仕切り―」

 

 俺がそう言った所で、カイが口を開いた。

 

 「いや、勝負はついた。騎士にとって剣を折られるということはつまり、心を折られるということ。エミリの敗北だ」


 そうなのか?

 まあ確かに、実戦でも剣を折られば魔人や魔物に勝てる見込みはない。

 魔法が使える者であれば話が変わってくるが……

 すると周りから


 「お、おい嘘だろ」


 「エミリさんが負けたのか?」


 「いいや、霧で俺たちは何も見えなかった! きっとあの一年がなんかのトリックを使ったんだろ! 不正だ!不正!」


 「そうだそうだ!もう一度勝負しやがれ!」


 俺に対して、様々な声が飛んできた。

 別に不正なんてしないんだが……

 まあ俺もこれで決着がついたとは思っていない。

 もう一勝負したってかまわない……

 だが、エミリがそれを拒否した。


 「やめろ!」


 エミリはそう言って周りを黙らせた。

 そして真っすぐとこちらに向き続ける。


 「ユーリとかいったな。私の負けだ……私は全身全霊を込めて斬りこんだ……だがそれを正面から堂々とねじ伏せられた。文句のつけようのない……私の完敗だ」


 そう言って続ける。


 「1つ教えてくれないか? 貴様は一体何者なんだ?」


 何者と言われてもな。


 「昨日入学したばかりのただの一年だが」


 するとエミリは少しムスっとした顔をして


 「私はそんなことを聞いているのではない! 貴様の剣術は一体―」


 「おやおや、これは何の騒ぎかな?」


 そういって、訓練場のドアの前に一人の男が立っていた。


 「3年の上級騎士、リギル・ダルウィンさんだ」


 「リギルさんがどうしてここに」


 周りからそういった声が聞こえてきた。

 あいつも上級騎士なのか。


 「リギル……」


 エミリは静かにそう呟いた。

 リギルという男はカイ同様に180cmほどの背丈に、鍛え抜かれたようなたくましい体をしていた。

 そして艶やかな銀髪は肩のあたりまで伸びており長髪だ。

 一見、爽やかそうな笑顔を見せているが、なぜかあまりいい印象は抱かなかった。


 「エミリ君、もう少しで私たちは夫婦になる仲じゃないか、いい加減、警戒心を解いてくれよ」


 そう言って、リギルはこちらに歩み寄ってきた。


 すると、周りから


 「え?……えええええええええええええええ!?」


 と、驚愕の声が訓練場に響き渡った。


 「エ、エミリさん結婚するんですか!?」


 「ほ、本当なんですか!?」


 などと、周りから様々な声が飛んでいる。


 「エミリ、本当か?」


 カイが問いかけるも、エミリは黙ったまま下を向いていた。

 代わりに、リギルが口を開く。


 「ああ、本当だよ。エミリ君には私の奴隷、じゃなくて、私の妻になってもらう。まあ親同士が決めた政略結婚だから、エミリ君は納得してないみたいだけどね、ふふふ」


 こいつ、いま奴隷って言ったか?

 話かたや態度からなんともうさん臭いニオイがプンプンと漂っている。


 「結婚の儀は、私が学校を卒業してからという約束だったはずだ」


 エミリがそう口にした瞬間、リギルは少しだけニヤっと下卑た笑みを浮かべた。


 「それがね、つい先ほど、結婚の儀が来月に早まったんだよ。だから君には今月中にはこの学校を退学して、私の家に入ってもらうことになった」


 た、退学?

 話が急すぎてついていけない。

 周りも俺と同じようで、あたふたと騒いでいた。

 エミリも激しく動揺していた。


 「そ、そんなはずはない! 私はお父様と約束したのだ! 私が学校に通う3年間で特級騎士になることができなかったら……その時は、ダルウィン家の求婚を受けると! 私はまだ上級騎士だが、卒業まであと2年近く、時間が残っている!」


 「だったら、この書類を見たまえ」


 そう言って、リギルは一枚の紙をエミリに投げた。


 「そ、そんな……」


 紙を読んでいる、エミリの顔色はみるみる内に青ざめていった。


 「ああ、そうさ、君の父上は、ダルウィン家の求婚を正式に受けてくれたんだ」


 「一月前に、お父様と会ったときには……そんなこと一言も……」


 「もし君が断るというのなら、代わりに君の妹を、私の妻として差し出すとも書いてある」


 「な、なんだと……!」


 「ふふふ、私は別にかまわないよ、君の妹君もとても美しいと聞いているからね」


 「い、妹には! 手を出すな」


 「ああ、君が結婚の儀を受けるというのなら、もちろん手は出さないさ」


 エミリの体は震えていた。

 そして言葉にできないような、悔しそうな顔をしていた。


 「状況をわかってくれたようだね。それじゃあ、今後について、2人だけで話合おうじゃないか。1階の角に誰もいない空き部屋がある。そこでゆっくりとね……ふふふ」


 リギルは下卑た笑みを浮かべながら、エミリの肩に手をまわした。

 エミリからは、先ほどまでの凛とした勇ましい表情は消えており

 今にも泣きだしてしまいそうな、少女の顔がそこにはあった。

 俺はそんなエミリを見て、口を挟まずにはいられなかった。


 「おい、待てよ」


 俺がそう言うと、リギルは振り返る。

 

 「なんだい、君は?」


 「俺は1年のユーリ・アレクシスだ。いまさっき決まったことだが、エミリは俺のパーティーメンバーだ。勝手に連れていくんじゃねえ」


 リギルはニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべながら、口を開いた。


 「君は平民出身だね? わかるよ、君みたいな世間知らずな田舎者のニオイはとても臭い。ん~、青臭いといったほうがいいかな? ふふふ」


 「なんでもいいが、とにかくエミリは俺たちと行く、だからその手を離せ」


 「どうして離さないといけないんだい? エミリ君はもうすぐ私の物になるんだ。心も体も、全てね」


 リギルはそう言って、エミリの胸に手を伸ばそうとした。


 バシッ!


 「ぐっ……」


 「だからその汚ねえ手を離せって言ってるんだ!」


 俺はリギルの手を強く握り、掴み上げた。

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碧眼の神威使い ー奪われた幼馴染を救うため俺は魔人をぶった斬るー @tendontabetaiyo

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