15話 マクルドキラー


 俺は声の方へ目をやると、マクルドがこちらを睨みつけて立っており、その後ろには4人連れていた。


 「なんか用か?」


 「ああ? なんか用かだと、……おいこら、平民、……てめえ昨日はよくもやってくれたな」


 「それはさっき聞いたが」


 「うるせえ!黙っとけコラッ!」


 マクルドは怒りを露わにしながら続ける。


 「俺はてめえに負けてねえんだよ……、昨日は油断しちまったが、正面からやりあえば、てめえは俺に指一本すら触れることはできねぇ。なのに、てめえのせいで俺は、……平民にマクルドが一瞬でボコられただ、マクルドキラーだ、好き勝手ほざきやがって! 全員ぶっ殺してやる! だが、まずはてめえからだ! 平民出身の田舎もんが、あんま調子に乗ってるとどんな目にあうのか、その体に叩き込んでやるぜ!」


 マクルドが調子づきながらそう言うと、ロミオが口を開いた。


 「マ、マクルド君、……昨日のことは僕が謝るから、どうか―」


 そういった所で俺はロミオの口の前に手を置き止めた。

 そして俺が続ける。


 「だったら、正面からやりあうか? 俺と1対1で」


 「ユ、ユーリ……」


 ロミオは不安そうな視線を送っていた。


 「ああ? そんなもん必要ねえよ、てめえが俺に勝つなんてあり得ない話だからな……俺は、てめえの顔を見るだけで虫唾が走って仕方ねえんだよ! てめえのその顔を、原型をとどめねえほど、ボコボコのぐちゃぐちゃにしてやる! ……おい」


 そういうと、後ろの4人がマクルドの前へ出てきた。


 「てめえは俺に勝てないって言うわりには、1対1のタイマンもできないのか……どんな矛盾だよ」


 俺はベンチから立ち上がり、マクルドたちの方へ体を向けた。


 「うるせえ、ゴミカスが! おい、やれ」


 「「はい」」


 「すまねえロミオ、少しだけほこるぜ」


 マクルドの前に立っている4人のうち両端の2人が、両手を前に出し、ブツブツと何かを唱えはじめた。


そして、2人の両手の前に魔法陣が展開され、同時に、


 「「グラビティーライズ!」」


 っと、言い放った。

 すると、その瞬間、俺の体が少しだけ重くなった。

 これは……。


 「ハハハハ、動けねえだろ。なんせてめえには今10倍の重力がかかってんだからなぁ、ククク、おい、早くやっちまえ。ただ、殺すなよ」


 マクルドがそう言うと、残り2人が俺に近づいてきた。


 「ユーリ!」


 ロミオの必死に叫ぶ声が聞こえた。





 *ロミオ*


 どうしよう、このままじゃユーリが……

 助けを呼ぶ?

 いやでも、間に合わない。

 僕は周りを見渡すと、中庭で昼食を食べていた生徒が数人、こちらを不安そうな目で見ていた。

 僕は必死にその人たちへ助けを求めた。


 「た、助けてください! お願いします、誰か助けて!」


 僕は今まで出したことがないくらい大声で叫んだ。


 「おいラングヴェイ、てめえは黙ってろ! こいつみてぇにされたくなけりゃあなぁ~」


 マクルド君が僕を睨みつけて、威嚇してくる。

 そして、ユーリへ近づいた2人が同時にユーリへ殴りかかった。

 もうダメだ!


 「ユーリ!」


 ダンッ!


 僕は反射的にユーリの名前を叫ぶと同時に、目を閉じてしまった。

 

 ……。


 数秒の間をおき、僕は恐る恐る、目を開けた。


 ……え?


 2人に殴りかかられていたユーリはその場を動いておらず、無傷だった。

 逆にユーリに向かって殴りかかっていったはずの2人が

 ユーリの目の前で倒れている。

 一体、何が……?

 僕以外の生徒も、マクルド君でさえ、いま目の前で何が起こったのか、わからないといったそんな表情をしていた。


 「お、おい、てめえ、いま何しやがった」


 マクルド君は動揺し、問いかける。


 「別に、ただしばいただけだ、こうやってな」


 ユーリはそう言って、重力魔法をかけられているにも関わらず、その場からマクルド君の方へ向かって歩きだした。


 「あ、あいつ、何で動けるんだ」


 「お、俺たちが2人がかりで重力魔法 ―グラビティーライズ― をかけているんだぞ」


 魔法をかけている本人たちでさえも、ユーリがなぜ動けるのか理解できない様子だった。


 「お、おい、お前ら早く何とかしろ」


 マクルド君は2人へ慌てて指示をする。


 「は、はい」


 そういって、ユーリに魔法をかけていた2人のうち1人が重力魔法を解除し

 別の魔法陣を展開し始めた。

 だが……

 次の瞬間、ユーリは瞬間移動でもしたかのように

 その人の前に現れて、首へ1発、手刀を繰り出した。

 なんとか僕にも目で追えるスピードで。

 そして、あっけなく手刀を食らった生徒は、意識を失ったようにその場へ倒れた。

 ユーリは同じように、もう一人の生徒の前にも瞬時に移動し、同じように手刀を繰り出した。

 そして、2人とも倒れたあと、目の前にはマクルド君のみを残していた。


 は、速すぎる。

 そして、あまりにも一瞬すぎた。


 「これで、見えたか?」


 ユーリはマクルド君にそう言った。

 そ、そうか!

 ユーリはマクルド君にも見えるようにスピードを緩めて攻撃したんだ。

 だから、2人を攻撃したとき、僕の目でも追うことができた。


 「く、くそがぁ! て、てめえは一体何者なんだ!」


 「ユーリ・アレクシス……平民出身のお前と同じ1年だ」


 そして、ユーリは続ける。


 「さあこれで1対1だ、正々堂々かかってこい」


 「く、くそがぁああああああああああああああああ」


 マクルド君はユーリへ向かって右手を伸ばし火炎魔法を唱えた。

 魔法を唱える際、未熟な魔法師ほど詠唱・魔法陣の展開に時間を要する。

 逆に、熟練した魔法師は詠唱を最小限、もしくは無詠唱で魔法の使用を可能とし、そして魔法陣の展開にも時間を要さない。

 目の前のマクルド君は、魔法師ではなく、騎士の専攻……にもかかわらず、無詠唱、さらにごくわずかな時間で魔法陣を展開して、魔法を繰り出そうとしている。

 やはりマクルド君はその横暴な態度や性格を除けば、誰もが認める学年1位の実力者だ。


 「死にさらせぇえええええええ! メガ・フレイム!」


 そう言って、マクルド君の右手に炎が宿った次の瞬間、


 「んがあああああああああああああああああああああああああ」


 マクルド君の断末魔が中庭中に響き渡った。


 ユーリは自らの手でマクルド君の右手を正面から強く握りしめ、火炎魔法を……消した。

 あり得ない、火炎魔法が完全に発動されていなかったとしても

 魔法を握り潰して……消すなんて……聞いたことがない。

 そもそも、あれだと、ユーリもマクルド君同様に痛みを伴うはず。

 僕は呆気に取られていると、ユーリが口を開いた。


 「マクルド、俺は別にお前に恨みはない。だがロミオを……俺の友達を、周囲の目があるところで見せもののように侮辱し、誇りを傷つけた。俺は友達を泣かせるやつは相手が誰だろうと許さねえ……だが、ロミオへの態度を改め、今ここでロミオへ謝罪するっていうのなら、これで許してやる。さあ、どうする?」


 「はぁ、はぁ、何だと、……俺は、マクルド・ザクラス……上流階級の貴族だぞ。はぁ、はぁ、こいつみてぇな下流の、しかも穢れた一族のやつに、頭を下げるなんてなあ、……はぁ、はぁそんなもんは、死罪と一緒なんだよおぉおおおおおおおおおおおお!」


 そういって、マクルド君は左手でユーリの顔に向けて殴りかかった。

 だが、ユーリはマクルド君の拳を軽々と受け止め―


 「わかった。お前が改める気がないのなら、俺も容赦しねえ。……俺の友達を泣かせやがって、……ぜってぇ許さねえ!」


 ユーリはそう言って、もう片方の受け止めていた拳を強く握りしめ、頭を後方に大きく下げた。


 「いっぺん、死んで来い!」


 ガツン!!!


 「んがっ……」


 ユーリはマクルド君へ頭突きを食らわし、中庭には鈍い音が響き渡った。

 マクルド君はそのまま白目を向き、その場へ倒れた。

 そして、周囲から、


 「お、おい、まじかよ」


 「あいつ5人を相手に、1人で倒しやがった」


 「マクルドキラー……本当だったんだ」


 など、様々な声が聞こえてきた。

 僕は周りを見渡すと、……中庭の周り、校舎の2階、3階から廊下の窓を開けて、こちらを見物している生徒など、優に100人はいた。

 いつの間に、こんなに人が集まっていたんだ。

 僕は目の前のことで頭がいっぱいで気づかなかった。

 だけど、そんなことはいま重要じゃない。

 ユーリの左手は火炎魔法を消した傷があり、血が滴っている。

 すぐに手当てしないと。


 「ユーリ、はやく手当しないと、救護室に―」


 「これは、どういう状況だい?」


 僕の言葉にかぶせるように、ある人が言葉を発した。

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