大曇天落とすべし!

桜无庵紗樹

大曇天落とすべし!

大曇天落とすべし!


 午前〇四三〇時、戦術指令室のスピーカーが鳴った。

「作戦コード〈ヘヴィクラウド〉発動。全員、持ち場につけ」


 僕ら第七特殊作戦群は、すでに防音室で装備を確認していた。

 戦場は首都上空──いや、正確にはそのさらに三千メートル上に広がる巨大な雲だ。

 敵が展開した新型気象兵器大曇天は、半径二百キロにわたってGPS・通信・航空機航路を遮断し、地上部隊を孤立させる。三日後には降雨に偽装した化学兵器を降らせる計画だと情報部は掴んでいる。


「雲なんざ、吹き飛ばせばいい」

 後方で弾薬係のパクが笑う。

「吹き飛ばすだけなら空軍がやってるさ」副隊長の真鍋が低く返す。「だが、あれはただの水蒸気じゃない。中にメガワット級のプラズマ発生装置が組み込まれてる。爆撃すれば首都が消し飛ぶ」


 だから俺たちが行く。

 ヘリから高度二千で降下、雲内部に侵入し、発生装置のコアを爆破する。

 時間は二十五分。遅れれば雲の内部温度が急上昇し、俺たちごと焼却される。



---


 離陸の衝撃が背中を押す。

 CH-47輸送ヘリのドアが開き、外は暗闇と稲光が交互に覗く。雲の外縁に近づくと、機体は不安定に揺れた。

「高度二千、投下準備!」

 ランプが青に変わる。僕は深呼吸一つ、足を踏み出した。


 次の瞬間、世界は灰色に包まれた。

 耳元を裂く風、視界ゼロの中で高度計だけを頼りに降下する。雲の内部はただの水滴ではなく、金属粉と帯電粒子が混ざっている。落ちるたびにスーツの表面が青白く光った。


 着地──といっても雲の中に浮かぶ発生装置の外殻だ。直径百メートルの金属球が、何本ものワイヤーで雲の骨格に固定されている。


「ここから十五分で中枢まで」

 真鍋の声が通信に入る。ノイズが酷い。



---


 外殻のハッチを切断し、狭い通路を進む。内部は薄暗く、低周波の振動が骨に響く。

 途中で自律機銃が作動、火花が弾けた。パクがLMGで応戦し、弾帯を撒き散らしながら機銃を沈黙させる。


 残り時間七分。

 コア室に辿り着くと、そこには人影があった。

 防護スーツの中から現れたのは、敵軍の工学将校と思しき女だった。

「……間に合ったようね」

 英語混じりの声。彼女の背後で、コアが青白く脈動している。


「退け。俺たちはそれを止める」

「止められるなら、どうぞ」

 女は笑い、制御卓に手を伸ばした。真鍋が即座に射撃、端末を破壊する。


 僕はC4をコアの基部にセットし、タイマーを三分に合わせた。

 撤退ルートを駆け戻る。振動が強まり、雲の壁が青く輝く。



---


 外殻を蹴破り、投下位置まで戻った瞬間、爆発が雲の内部を裂いた。

 耳をつんざく衝撃波、視界が白に塗り潰され、次いで灰色が崩れ落ちる。


 パラシュートで降下しながら、下界に広がる光景を見た。

 ──大曇天は形を失い、千切れた雲片が風に流されていく。

 首都の上空に、陽光が差し込んだ。


「目標破壊確認」

 真鍋の報告が無線に乗る。

 俺は息を吐き、マイクに言った。


「作戦終了──大曇天、落とすべし。完了だ」


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大曇天落とすべし! 桜无庵紗樹 @Sakuranaann_saju

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