素直に推すオタク
夕飯を終えて、ソファでだらけていた。
テレビはつけっぱなしで何が映ってるかもみてない。
画面の端でニュースが流れているが、目はスマホに落ちている。
推しの新しい投稿があった。短い写真と、ひとことのコメントがあった。
「空が低い」
よく分からないが「いいね」を押す。推すことに迷いはない。条件反射だ。
リプ欄も眺めてみると見慣れた名前、初めて見る名前。内容はだいたい似たようなものだが、読むのは嫌いじゃない。
誰かが喜んでいるのを見ると、自分の喜びも延長される感じがする。
横から視線を感じる。彼女がスマホを覗き込んでいる。
「また推し?」
「うん」
「どれどれ」
画面を傾けると、彼女が軽く笑う。
「この衣装かわいいじゃん」
「でしょ」
それから彼女は自分のスマホでも推しの名前を検索し、さっきの投稿を見つけて同じように「いいね」を押した。
それがなんとなく嬉しい。自分ひとりの趣味じゃなく、二人で見て話せる対象になっていることが。
日課のように、推しに関連するポストを追いかける。直接の投稿だけじゃない。
リプライや引用もチェックする。面白かったり共感できたものにはいいねする。
数を数えたことはないが、たぶんかなり多いはずだ。
押した分だけ何かがある気がする。「いいね魔」として現場でイジられるし悪いことはない。別に誰に見られても困ることじゃない。
長文リプに指が止まる。推しへの思いを丁寧に綴った文章だ。
「こういうの、ちゃんと読んじゃうんだよな」
独り言のように言うと、彼女が「わかる」と頷いた。
「でも、そういうのってさ、書いた人に変な人から絡まれたりしないの?」
「さあ……たまにあるかもな」
気になって、その長文を書いた人のプロフィールを開く。
あまり更新はしていないようだ。写真もほとんどない。
そのまま流し読みを続けていたら、あるポストが目に入った。誰かが推し界隈のファン文化を批評しているような文章だ。
――ファンで群れている奴らはダメ
――お前とは違う、俺は信条がある
――推しが好きな自分が好きなんだろ?
そんな言葉が文中にあった。読みにくい文体の四枚のスクショのお気持ちを読んでみる。
どうやら自分のようにリプライにいいねを押して回る人間を嫌っているらしい。
「あー、こういう人いるよな」
軽く笑ってスクロールを続ける。特に引っかかりはない。
いろんな考え方があるし、多様性の時代だ。推しに対するアクションも人それぞれ。
「何見てんの?」
「いや、なんか偉そうな人がいた」
「ふーん」
彼女はそれ以上追及しなかった。代わりに推しの動画を再生して、二人で眺める。
画面の中の推しは笑っていて、その笑顔を共有できるだけで十分だった。
寝る前、彼女が隣にいても、スマホは手放さない。
推しの過去の投稿を遡って、まだ見ていなかった写真に「いいね」を押す。
こんな時間まで何をやっているんだろうと思いながらもやめられない。
彼女はすでに寝息を立てている。スマホの光が自分だけを照らす。
画面を閉じて、枕に頭を沈める。目を閉じてもどことなくフラバする。
さっきの「お前とは違う」という文字がうっすら浮かんでくる。
別に気にしているわけじゃない。あれを書いた人とは、たぶん関わることもないだろう。
ただなんとなく眠りが浅くなりそうな予感がした。
理由はうまく言えない。目を閉じても推しの顔と、隣で寝息を立てる彼女の存在が交互に現れて、意識が少しだけ宙に浮く。
その面倒なオタクの「信条」とやらが心の奥底で引っかかっている気がする。
自分もリプライをいいねする信条があるなあと思ったあたりで瞼の裏側によく分からない映像が現れ、推しの新曲のライブの夢を見た。
推しは今日も尊いな。
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