第21話 『元気?』

夏は鏡の前で固まったまま、スマホを取り出した。

画面には、既読のつかない両親のグループLINE。

最後のやり取りは5年前の誕生日。「元気にしてるか」の一言で止まっている。


指先が震え、文字入力画面を開く。

──『元気?』

たった三文字を打ち込んだところで、夏は動けなくなった。


(送ったら……何を言われる? 数字を持っていない自分に、もう価値はないって言われたら……)


その恐怖が喉を詰まらせる。

けれど、ルナの声が頭の奥で反響した。


「“特定の人”に響かなければ、心は動かせない」


夏は唇を噛み、スマホをテーブルに伏せた。

電源の落ちた画面に、化粧の剥げた自分の顔がぼんやりと映る。


「……怖い」

小さな声がこぼれた。


だがその震えは、ほんの少しだけ温かかった。

数字の向こう側で、まだ自分が揺さぶりたい人たちがいることに、気づいてしまったからだ。

カチリ。

指が画面を押し込んだ。


……既読がつかない。

胃の奥が冷たくなる。

数分後、震える手でスマホを伏せたその時──。


ピコン。

通知音が控え室に響いた。


『元気だよ。お父さんと一緒にご飯食べに行こうって話してたところ。来月、予定合わせようか?』


母からの短いメッセージ。

その一文が、胸の奥に突き刺さっていた棘を一気に引き抜いた。


今まで数字で埋めてきた空白が、一瞬で埋まっていく。

会場のライトでも、配信のコメントでもない。

欲しかったのは、このたった数行だった。


スマホを握る手が震える。

声が漏れた。

「……っ、あは……」


次の瞬間、涙が溢れて止まらなかった。

笑っているのか泣いているのか、自分でもわからない。

画面が滲んで、文字が霞んでいく。


(……数字じゃなくても、私を待ってる人はいたんだ)


張り詰めていた糸が切れ、全身から力が抜ける。

控え室の椅子に沈み込み、夏は顔を両手で覆った。

嗚咽と笑い声が混ざり合い、やがてひとつの震える声になった。


「私がすべき事はキャバ嬢じゃない。お母さん達に連絡をする。

本当はそれだけで、良かったんだ……」

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