線香花火

翡翠

線香花火

 『人生の価値は死に方で決まる』


 ここ数年で日本に根付いた新たな価値観である。

 終わりよければすべてよし、なんて言葉があるがそれの究極形だろうか。何にもなれなかった者達の心の拠り所なのか。


 窓から差し込む西陽は四畳半の一室を照らすには十分な明るさであった。惰性でつけたテレビは、「この偉人はこんなつまらない死に方をした」とか、「理想の死に方ベスト10」だとか、「映え自殺スポット特集」なんぞを垂れ流している。

 しばらくの間確かな意思もなくチャンネルを変えモニターを瞬かせたが、どこの局も似たような内容ばかりで嫌気がさし遂には電源ボタンに指を掛けていた。

 ぬるい空気が肺を満たし、意識が沈澱していく。

 このままじっとしていれば今日が終わってしまう――そんな気がした。

 気づけば玄関のドアは開かれていた。

 

 主婦達は自分の夫はこんなふうに死んだと自慢げに話している。

 下校中の子供達は瞳を輝かせ将来の死に方を語っている。

 仲睦まじく寄り添いあっているカップルは蛍光色の丈夫そうな紐を手に握っている。


 当てのない道の途中、マンションの下に人だたりができていた。人々の視線は屋上にいる一人の男に注がれている。

 男は下にいる野次馬にむかって声を張り上げた。

「皆様方、私は今からここから飛び降ります!どうぞ私の勇姿を、死に様を見届けてやって下さい!もし私の死が皆様の心を動かしたのであれば、どうか私を拍手で見送って下さい!」

 そう言い終えると男は勢いよく屋上から飛び降りた。彼のほとばしる生命が、今、まさに潰えようとしている。

 彼が地平と交わろうとした瞬間、時が止まったように感じた。

 彼と目があった──満足げな口元とは裏腹に、その瞳は不安で揺れていた。


 私は早足で自宅へと向かっていた。後ろでは割れんばかりの拍手が起きている。


 明日も誰かが死ぬだろう。それでも私は──

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線香花火 翡翠 @AsymhrnkWata

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