【第四話】噴火!? ふきげんな燕の行く先

桜燕は、魔術科学園福岡校に通う高等部二年生。


ボーイッシュな容姿で一人称が「ボク」ではあるが、立派な女子生徒だ。


その男性的な容姿の生徒は彼女のいる福岡校では珍しかったが、特異な見た目はその空間では一切問題になることはない。


明朗快活な性格でユーモアがあって面白く、親切な性格をしている燕は仲のいいクラスメイトがとても多い。


いるだけで雰囲気が明るくなると言われ、さながらアイドルのように皆に愛され親しまれているのだ。


そんな燕でも、この日だけは普段と様子が随分違っていた。


「あー、もうっ! 昨日宿題が多すぎるせいでゲームできないまま寝る時間になっちゃった。最悪。」


ぶつくさと文句を言いながら、廊下の床を乱暴に蹴るように踏みつけながら歩いている。


その顔にはしわが寄っており、眉毛が鋭く下がっている。


苛立たしげに舌打ち交じりにため息をつき、とても幸せそうとは言い難い表情だ。


今日の燕は、とても機嫌が悪いのだ。


ゲームを趣味としており、日課と言っても良いほどに遊んでいた彼女だが昨日は部活と課題の合わせ技のせいで一日中非常に忙しく、ゲーム機に触れられる時間がなかったのだ。


更にはそこにつけ込んだ悪い魔物イライラガが触れた者をイライラさせる鱗粉を撒き、燕を不機嫌にしているのである。


「あーもうイライラする。でも皆んなの前では、頑張ってイライラを隠さなきゃ………。」


その決意は、果たしていつまで持つだろうか。


いつものように登校し教室へと向かう途中。


燕は廊下に設置された、一つのゴミ箱に足がぶつかった。


「うっ。………ん、ゴミ箱?」


ゴミ箱が燕の目に留まる。


普段は何てことのないゴミ箱も、今日は怒りの着火剤になりかねない。


「どうしてこんなところにあるの? 邪魔だなあ。」


燕はとても激しい、そのゴミ箱を蹴りたい衝動に駆られた。


そして誰も見ていないのを確認してから、サッカーボールのようにゴミ箱に勢いのいい蹴りをお見舞いする。


「そらぁっ!!」


ガラッ、と音が鳴り、重心を崩したゴミ箱はゆっくりと蹴られた方向に横たわった。


中に詰まった紙くずや空き缶が、バラバラと床に散らばっていく。


イライラガはそれを眺めながら、クスクスと笑いを浮かべていた。


その瞬間。


背後に燕の親友、鴨碧が現れた。


「おはよ、燕ちゃん!」


「あっ………。」


と呟いても、時すでに遅し。


碧の視界には燕の後ろで倒れているゴミ箱と、その周囲で散らばる紙くずや空き缶やペットボトルなどのゴミがしっかりと映り込んでしまった。


碧から見てこの光景は、完全に燕がゴミ箱を蹴ったようにしか思いようがないことだろう。


「大丈夫? ゴミ箱、倒れてるけど………。」


「ち、違う!! ボクが蹴ったんじゃないからね!!!」


「誰も燕ちゃんが蹴ったなんて言ってないよ?」


(しまった!)


怪訝そうに尋ねる碧に対し、燕は慌てて咄嗟の言葉で取り繕う。


護身のあまり、余計なことを口走ったが故に余計に疑われてしまった。


燕は即座に脳内の記憶を検索し、その場に最適な言い訳を探す。


「あの………その、ぶつかっちゃったんだよ。脚がさ。ほら、ボクら魔術使いって身体能力も高いじゃん? だからちょっと当たっただけでこんな風に倒れちゃうんだよね………。」


確かに脚がぶつかったのは事実であり、決して嘘とは言い難い。


しかし普通に歩いていれば避けられるゴミ箱にぶつかったというのは、少々無理のある言い訳だ。


苦しい誤魔化しではあったが、何とかそれは通じたようで、共にゴミの後片付けをしてどうにかその場をやり過ごした。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

次に燕は、教室でお笑い番組の動画を見始めた。


オリエンテーションラジオという、燕が好きなお笑いコンビだ。


不機嫌な時こそ笑おう。


不機嫌な時は普段のようには笑えないが、にこにこ笑っていれば、きっと不機嫌だとは悟られまい。


そう思ってスマホを起動し、オリラジの動画を開く燕。


液晶には金色のスーツを着た、大好きな二人組の姿が映る。


「………関西弁って感染りやすいらしいで。お前もいつかなっとるかもな。」


「いやんなわけないだろ。」


「なっとるやないかい!!」


ワハハハアハハハワハハハッ。


オリラジの新作の漫才は、実のところ非常に面白かった。


燕は画面の中の観客と一緒に、可能な限り朗らかに笑う。


しかし周りからは燕がスマホで何を見ているのか分からず、一人で笑っているようにしか見えなかった。


「あいつなんで一人で笑ってんの?」「またオリラジでも観てんじゃない?」


不機嫌はどうにか隠せたものの、燕は冷ややかな目線で見られてしまった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

また次の休み時間にて。


燕は不機嫌を隠すのに手一杯になりながら、碧と談笑をしていた。


「それでさ、うちのお母さんバナナの皮で本当にすってんころりんしてて………」


「アッハアッハアッハハハハ何それーー!! すっごく面白ーい!!!」


できるだけ大胆に、かつ大げさに楽しそうに振る舞う。


仮面で覆うように不機嫌を隠し、女優のように演技をする。


こうすれば絶対不機嫌など悟られまい。


実際燕の目論見通り、確かに碧は燕の機嫌が悪いことには気付かなかった。


しかし………。


「その話すっごく面白いね!!! それでそれで!? その後どうなったの!?!? 早く聞かせてよ!!!」


「えっと、燕ちゃん………どうしちゃったの?」


いつもよりオーバーなリアクションを取る燕は、碧にとっては怪しく見えた。


話を楽しそうに聞いてくれるのは嬉しいが、こうも激しく反応されると心がどうにも落ち着かない。


燕の優しさから出た試みは、またも裏目に出てしまった。


その日の放課後。


椿樹は自室の部屋で、ある人物に電話をかけていた。


相手は大阪校にいる友達の上郷山陽。


電話の目的は、今回の件について相談することだ。


「………ということがあって。」


「なるほど、よく分かった。不機嫌を隠し続けるのは、きっと大変だったであろう。それでもお前は周りを心配させまいと機嫌の悪さを見せないようにした。本当に良くやった。」


山陽は燕の話を、親身になって聞いてくれた。


そして自分の経験を踏まえ、役立つアドバイスを施した。


「俺に電話をかけたのはいい判断だったな。不機嫌をむやみに人に知らしめるのは良くないが、こうやって誰かと話して本当の気持ちを分かってもらうことは大切だ。こうして俺と話したことで、少し気が楽になったんじゃないだろうか。」


山陽の言う通り、燕は身体にのしかかっていた重みがすっと晴れたような気分であった。


友達に気持ちを明かしたことで、気持ちが楽になったのだ。


すっかり救われた燕の不機嫌は、いつしか綺麗に消え去った。


彼女に付き纏っていたイライラガも面白くなくなったようで、どこかへと去って行ってしまった。


「じゃあ今日は宿題がないから、思い切りゲームをやるぞー!!」


普段のご機嫌を取り戻し、そう言っていつものようにゲーム機に飛びつく燕であった。

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