【第三話】ドキドキ! あの子のパンドラの箱

※この話から「夏伊勢弥」の名称が「夏伊勢也」に変更となります



渋谷校の中等部二年生雲雀椿樹は、高等部一年生の先輩である初雁隼をとても慕っていた。


剣術の名家初雁家に生まれた隼は文武両道に秀でた優等生で、そのことに対して驕り高ぶることなく他者を思いやる優しさを持っており、同級生だけでなく教師からも厚い信頼を得ている。


椿樹は初雁家の従者の一族である雲雀家の末裔で、隼にとって本来は部下のようなものであるのだが、隼は一度たりともその立場を使って椿樹に横柄に振る舞ったことはなく、いつだって一人の魔術使いとして彼のことを尊重していた。


幼少期からの幼馴染なだけあって、椿樹は隼の尊さを誰よりも深く知っているのだ。


加えて隼は見返り美人図のように顔やスタイルが美しく、思春期を迎えた椿樹にとっては異性として魅力的に思えていた。


そんなある日の放課後。


椿樹は普段はさることながら、今日はすこぶるご機嫌な様子であった。


名古屋校にいる友達の勢也が、久々に遊びに来るからだ。


勢也は椿樹と同様に隼を非常に尊敬しており、今日は彼の所属している軽音部の活動がお休みだったので椿樹と隼に会いたくなってここに来たのだ。


「よっ! 元気してたか?」


渋谷校に到着した勢也は椿樹とすぐに合流し、共に隼の寮室へと向かう。


遊びに来ることは隼に前もって連絡してあり、事前に許可も得られていたので隼の寮室に入ることができた。


ドアノブをしっかりと掴み、ガチャリと音を立てて捻る。


そして勢いよく扉を開き、隼に元気よく挨拶する。


「隼先輩おっひさー! 遊びに来たぜ!! ………ってうわあああっっっ!?!」


寮室の中では、確かに隼がベッドに腰掛けて二人を待っていた。


ただ、その時の隼の格好は………。


「しゅ、隼先輩!?」


「隼お嬢様!?」


その時の隼の格好は………渋谷校の象徴たる茶色いブレザーとスカートの制服も、緑色のジャージも身につけていなかった。


その姿はほぼほぼ裸体に近く、色白な肌を頭からつま先まで曝け出してしまっている。


辛うじて胸と股、尻は下着によって隠されているものの、その圧倒的な肌色の面積の暴力的な衝撃は凄まじい。


下着姿を見られた隼は反射的に身体を丸めて屈み、顔を赤らめながらこちらを見つめる。


幸いにも彼女には尻からユキヒョウのそれに似た太長い獣の尾が生えており、下半身の大半はそれで瞬時に隠すことができたのだが、上半身は細い腕で見えないようにするしかなく、ほぼほぼ焼け石に水であった。


細くも割れ目のある腹筋も、緩やかなカーブを描く太ももも、控えめながら確かな球体のある胸、フリルのついた黒い下着。


既にその全てが、椿樹らの脳裏に剥がれぬ記憶として焼きついてしまった。


衝撃を受けた勢也はすぐに扉をバタンと閉め、自らを落ち着かせようと深呼吸をする。


「ぜぇ、ぜぇー、はぁ、はぁー………ヤベぇよ、オレらとんでもねえもん見ちまったぞ。」


「ぼ、僕は何も見ていませんからね………?」


既に勢也と椿樹の心の器は、大切な女性の下着姿を見てしまった焦りと罪悪感で溢れていた。


そこへ隼の双子の妹・狛がふらっと現れた。


彼女も隼に用があり、隼の寮室へと赴いたのだ。


「あっ、椿樹と勢也じゃ〜ん。隼の寮室の前で何してんの? 隼に会いたくなっちゃった?」


「狛先輩!! 今入っちゃダメっスよ!!!」


隼の部屋に入ろうとする狛の前に此処は通さまいと立ち塞がり、鬼の形相で止めようとする勢也。


椿樹も両手と両脚を広げ、入るなというジェスチャーをする。


いつもの気さくな狛に対し、勢也と椿樹は苛烈な剣幕だ。


その二人の焦り交じりの様子を見て、狛は先ほど何があったのかを大方推測した。


「あーあ、見ちゃったか。」


「えっ?」


狛は意地悪くニヤリと笑う。


「見ちゃったかって………何スか?」


その勢也の問いに答える代わりに、狛は勢也らの股間を指す。


「キミ達のアソコ、お着替え中の隼を見てからガッチガチに硬直してるよね。パンツが狭く感じるんじゃない? それはキミ達があいつにドキドキしたからだよ。」


「………。」

「そして女の子は自分の身体を見てドキドキする男が大嫌い。あーあ、隼に嫌われちゃったね。どんまい。」


大好きな隼に嫌われる………。


動揺して思わず、声を荒げて否定したくなる言葉だ。


しかし狛の言う通り、勢也と椿樹のジャージは股間がまるでテントを張ったように膨らんでいる。


普段は力無くぶらぶらと揺れている男性器だが、二人が隼の下着姿で性的な興奮を味わったことで中身入りのシャンプーボトルを乗せられそうなほどに太く長く硬くなったのだ。


力を込めればビンビンと動き、先端が皮を剥いて点を向く。


前にも男性器がこのような状態になったことは数度あったのだが、放っておけばすぐ元に戻った前回と違い今回は中々戻らない。


「『ボッキ』って言うんだよ、それ。女の子は自分の身体を見て『ボッキ』する男がキライなの。」


「そんな、僕が隼お嬢様のことをそんな目で見ていたなんて………。」


膨らんだ股間を隠す椿樹の手を、狛は無慈悲に剥がしていく。


「隠さなくていーよ。もうバレてるから。口では健全ぶってるけど、やっぱ身体は正直なんだね。」


狛は悪戯な顔で揶揄うように勢也らの膨らんだ股間をつんと突いたり、優しく撫でたりしてみた。


突かれた際の妙な痛みも、べったりと纏わりつく触られ心地も二人にとって病みつきにあり、その男性器はますます盛んにむくむくと勃った。


「キミ達のアソコは元気がいいね。あんまり治らないようなら、ハンガーラック代わりにしちゃおうかな。」


「ここにハンガーを引っ掛けて、洗濯物を干すってことかよ!?」


「いくら狛お嬢様のお願いであっても、それは承諾しかねます!!!」


その翌日の放課後、勢也は軽音部の活動に中々集中できないでいた。


昨日の狛の言葉が、どうしても頭を過ったのだ。


『女の子は自分の身体を見てドキドキする男が大嫌い。あーあ、隼に嫌われちゃったね。』


(隼さんはあれで、本当にオレのことを嫌いになったのかなぁ………。)


「おい勢也、さっきから間違えてばっかだぞお前。」


「集中できないなら、今日はもう休んだ方がいいんじゃないかな?」


気が散ってミスを連発する勢也に仲間の部員は注意や心配を口にするも、勢也は理由が理由なので周りにとても打ち明けづらく、大丈夫だと強がりながら無理に練習を続けていた。


一方で椿樹も、おかしな様子を周りに見せていた。


隼と会っても必要最低限の業務連絡しかせず、すぐに会話を終わらせて去ろうとする。


他の女子に対してもそうで、話しかけられても急いでいるなどと言い訳して何処かに行ってしまう。


「僕は今、女の子と長時間話すと身体が爆発する妖魔法術をかけられておりまして………さよなら!!」


「どんな呪い………?」


自分と話をするのが好きで、他の女子とも普通に話せる仲の勢也が自分を含めた女子をやたらと避ける………そんな椿樹の様子を、隼は怪訝に感じていた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

そんな様子が数日間続き………


勢也と椿樹はある日の放課後、とうとう隼に呼び出しを食らってしまった。


隼は自身の寮室に二人を招き、自分の目の前に座らせる。


傍らには隼の同級生である煌輝と、彼女の担任の教師の男もいる。


「それで? 二人とも。私の下着姿を見てからというもの、様子が随分おかしいじゃない。」


「あ、あの日はとんだ無礼を働きました………」


「勘違いしないで、別に怒っていないし、あの時のことについての謝罪を求めているわけでもないわ。あれに関しては、油断して無防備に寮室で着替えていた私にも非があるもの。


「そうだぜ? だから正直に答えろ。あれ以来お前らにに何があった?」


隼と教師の男は勢也らを極力リラックスさせ、起きたことを話すように促す。


勢也と椿樹はしぶしぶ恥ずかしい気持ちに耐えながら、狛に言われたことなどを話した。


「………っつーわけなんスよ。」


「僕達、隼お嬢様に嫌われてしまったのでしょうか?」


勢也と椿樹は、事の顛末を一部始終話した。


「なるほどね、何があったのかはよく分かったわ。」


「デリケートな話題故に話しづらい部分もあっただろう。正直な回答に感謝する。」


煌輝は話していて恥ずかしさのあまり顔を両手で抑える勢也らの肩を優しく撫でて宥め、二人を落ち着かせてやった。


その間に教師の男は二人に、穏やかな声色で語りかける。


「同年代の美人を見てドキドキする………至って健全なことじゃあないか。恥ずかしいことでも、かっこ悪いことでもないんだぜ? むしろそうならないヤツの方が、俺は心配になってくるがなあ。」


「ええ。大切なのは異性についての正しい知識を得て、相手の気持ちをよく考えること。そうすれば誰かを傷つけずに済むし、相手を思いやることができるの。」


「確かに異性の身体に興味津々というのは、あまり大きな声で威風堂々と言えることではないかもしれないが………結局のところほとんどの男がそうなのだから、あまり罪悪感を持つ必要はない。」


「狛がああ言ったのはただの揶揄いだから。あの子の言うことは間に受けなくていいわ。」


それらの言葉に、勢也と椿樹は救われた。


二人は女子への苦手意識を克服し、再び女子とも普通に話せるようになった。


大切なのは異性について正しく知り、偏見や決めつけを取り払うこと。


勢也達は、今回の件でそれを学んだのだ。


後日、狛は適当な嘘を言って勢也達を不安にさせたことを隼に謝らされたのであった。


「ごめんなさい〜!! もうしません〜!!!」

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