第3章 告げられた夜の真実

六月の終わり。


梅雨の合間の晴れ間に、高瀬美希が私の部屋を訪れた。

学生時代から何でも話せる親友で、会うのは半年ぶりだ。


「わぁ、思ったより綺麗な部屋じゃん。築四十年って言ってたのに」

「中はリノベされてるの。ほら、キッチンも新品みたいでしょ?」


夕方まで買い物や観光を楽しみ、夜はコンビニのチキンや缶チューハイをテーブルいっぱいに並べて乾杯した。

地元の噂話や恋愛の失敗談、誰にも言えない過去の秘密——話は尽きず、笑い声は夜更けまで続いた。

気づけば日付は変わっていた。


「そろそろ寝よっか」

私は布団を二つ並べたが、美希は笑って私の布団に潜り込んでくる。

「せっかく泊まりに来たんだから、近くで寝たいじゃん」

高校の修学旅行の夜を思い出し、私も笑って受け入れた。


——その夜。

私は一度も目を覚ますことなく、深く眠り続けた。

夢は見なかった。けれど、部屋の空気がいつもより重く、肌にまとわりつくような寝苦しさを感じたことだけが、かすかに残っていた。


翌朝。

先に起きた美希が、カップに入れたコーヒーを両手で包み込みながら、妙に真剣な顔で私を見つめていた。


「……梨花、この部屋、やばいよ」

「え?どういうこと?」

寝起きでぼんやりしている私に、美希は昨夜の出来事を語り始めた。


——夜中、全身が突然硬直し、呼吸だけがやっとできる金縛りに遭ったこと。

暗闇の中、視界の端から白い布が垂れ下がり、次の瞬間、布団の上に白い着物の女が馬乗りになっていたこと。

長い黒髪が顔にかかり、吐息が頬を撫でるたび、冷たさと甘さが入り混じった香りが鼻を刺す。


その女は無言で美希の首筋に唇を近づけ、氷のような舌先でゆっくりと肌を這った。

鎖骨をなぞり、胸の谷間、腹部へ——濡れた軌跡が、じわじわと熱を帯びて広がっていく。


耳元で、低く甘い声が囁いた。

——「私のもの」


「そこでやっと、体が動くようになったの」

美希の声は低く震えていた。

手は白くなるほどカップを握りしめ、唇の端はかすかに引きつっている。

私は冗談めかして笑おうとした。


……でも、その蒼白な顔と、目の奥に貼りついた恐怖を見た瞬間、喉の奥で笑いが凍りついた。


「……気をつけた方がいいよ。あんた、狙われてるかもしれないから」

美希は予定を切り上げると言って、急いで荷物をまとめた。


ドアを出る直前、もう一度だけ振り返り、低い声で言う。


「——本当に、気をつけて」

その声が、ドアの閉まる音よりも長く耳に残った。

ひとり残された部屋は、やけに静かで、やけに深かった。

まるで、もうひとつの呼吸が、この空間の奥で続いているかのように——。

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