悪魔公爵の最愛~姉の引き立て役であるわたしが召喚したのは半分悪魔で未来の旦那様でした~

真白燈

第1話 もうどうでもいいです……。

「ふふ……」


 緩くウェーブがかった銀髪に、少しつり目の青色の瞳をした、エクスタイン国の末の王女、エリーゼはふらふらした足つきで地下室の書庫にたどり着くと、本棚から分厚く、見るからに年季の入った本を取り出し、冷たい床で予め栞を挟んでいたページを開いた。


 そして召喚に必要なものをぶつぶつ口にしていく。


「生きた雌鶏の血……人間の血でも、いいかな……いいよね」


 どうせ自分は今、死んでしまいたいほどの絶望の底にいるのだから。皮膚を傷つけようが、出血多量で死のうが、どうでもいい。


 エリーゼはそう思って、何の躊躇いもなく用意していた刃物で自身の腕を切った。少ないよりは多い方がいいだろうと、けっこう深く切ったので、勢いよく血が溢れ出してぼとぼとと床へ落ちていく。


「五芒星を描いて……んー……ここに、数字を書いて?」


 心が麻痺しているせいか、痛みもどこか鈍く感じる。頭がクラクラしてきたのは血を流しているからだろう。


(このままわたしが死んだら、お姉様、悲しむだろうなぁ)


 自分の存在を輝かせる道具が無くなってしまうのだから。いや、頭の良い姉ならば、自分が死んだ事実も、上手に活用するだろう。姉は父やエリーゼの婚約者だった男に慰めされて、これからもこの国にとって唯一の、大事なお姫様として愛されていくのだ。


 本当に綺麗で優しい人だったから、エリーゼの婚約者が姉を好きになり、異国に嫁ぐはずだった姉と結婚する流れになっても、エリーゼは仕方がないと諦めて祝福した。


 代わりに自分が嫁ぐよう命じられても、逆らわず、姉のために受け入れようと思っていた。なのに――


『あのね、エリーゼ。わたくし、あなたが彼と結婚するのも許せないけれど、あなたが異国へ嫁いで王妃になるのも許せないの』


 姉は自分のことを愛してなどいなかった。出来の悪い妹として心の中でずっと笑っていたのだ。


(なんて滑稽なの……)


「ふふ……馬鹿みたい」


 もうすべてのことにおいて疲れ果ててしまった。


(だから、終わりにする。最後に……)


 エリーゼはぼんやりする頭で、本に書かれたエーデルシュタイン語という古代文字を呟いていく。そうして最後の一節を何とか言葉にすると、力尽きたように自身の血で描かれた魔法陣に倒れ伏した。


(最期に、お母さまに会いたい)


 母が生きていれば、きっとこんなふうにはならなかった。母だけは、自分を愛してくれた。それを証明したい。たとえ、禁忌とされている術を行使することになっても。


 死んだ人間の魂をこの世に召喚する――降霊術に関しての書物をエリーゼはこの離宮の地下にある書庫で見つけた。大昔、この離宮は民衆を惑わした魔女を閉じ込めておく部屋だったという。魔女がどんな怪しげな術で人々を惑わしたのか、拷問して聞き出すと同時に普通の人間にも使えるのではないかと書き記しておいたようだ。


 果たして、ただの人間にも術は使えるか。


(ああ、寒い……それに何だか眩しい……)


 朦朧とした意識の中で、身体の下から光が溢れ出した。


「突然身体が引っ張られたかと思えば……」


 低く、それでいてよく通る声が閉じそうになる重い瞼を阻止する。


「おい、小娘。まさか貴様が俺を召喚したのか」


(お母さま、じゃない……?)


 間違っても母はこんな低い声ではないし、何よりどう見ても性別が違う。


(なんて、美しいの……)


 黄金色をした輝く髪に、ルビーのような真っ赤な鋭い瞳に見下ろされ、エリーゼは自分が太陽の化身を呼び出してしまったのだと思った。


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