卓上ベルの鳴り響くレストラン

五來 小真

卓上ベルの鳴り響くレストラン

『音痴や音楽の経験がない人は、絶対行かない方がいいです』

 ネットでそんなレストランの評判を見て、経験もないのに、もっと言えば音痴なのに行きたくなった。

 行ってはいけない、ましてや自分に適性がない場所って興味が湧くものじゃない?

 怖いもの見たさと言うか。

 衝動のままレストランに向かう。

 店内に入って納得した。

 なるほど、あっちこっちで卓上ベルで音楽が涼やかに奏でられていた。


 チーンチリチリチーン♪


 その音楽に合わせるように、店員が動いていた。

 その様子はさながら舞台の様。

 ——来てよかった。


「こちらメニューでございます。お決まりになりましたら、ベルでお呼び下さい」


 店員はメニュー表だけ渡すと、そそくさと去っていった。

 スタッフの人数も少なく、忙しそうだった。


 メニューを開くと、料理の名前の下に五線譜が書かれていた。

 音階は一定なものの、リズムがそれぞれ違うようだ。


 ——え? まさかメニューをこのリズムで鳴らして知らせろってこと?

 呼び方が個性的ってことではなかったのか……。

 

 瞬間的に今まで心地よく聞こえていたベルの音が、地獄に思えてきた。

 なんとか食事にありつこうと、スマホで必死に拍子を読み解く。


 チリチリチーン♪


「お冷お持ちしました」 

 どうやら拍子が違ったようだった。

 頑張って注文を通らせようとしたが、お冷・ミルクティー・ライスと、3回間違えた時点で諦めて別のにする。

 

 チン・チリリ・チーン♪

 

 来た!

 お目当てのハンバーグが!

 

 そう思ったが、店員は別のテーブルに向かっていった。

「トイレはあちらでございます」 

 やや遅れてこちらに来た店員は、非常にもそう言ってきた。

 お冷でちょうど良かったので、ついでに行っておく。

 用を足していると、小学生の頃ダンスで一人だけタイミングが違ってたことを思い出した。

 

 チーンチーンチーン♪

 

「もうお帰りですか。——気の早い。かしこまりました。またのご来店をお待ちしております」


 パスタを頼んだつもりだったが、帰りの合図になってしまった。

 高速系のリズムのモノであれば、食べ物にありつけただろう。

 しかし高速系のメニューには、やたら高額なものもあるのだ。

 仔牛のTボーンステーキだのフォアグラだの。

 見慣れた寿司は『時価』とあり、このラインナップからすると幾らなのか検討もつかない。

 財布の中身の——いや、貯金をおろしてきても足りるかどうか。

 今はこれ以上挑戦する気にはなれなかった。

 ——カスタネットの練習からだな。


 <了>

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卓上ベルの鳴り響くレストラン 五來 小真 @doug-bobson

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