きっと、

秋乃光

【聖者】は救済を求めて彷徨う者

 モアが用意したタイムマシンに乗って、わたしは過去に飛んだ。

 頼んでみるもんだね。


 目的地は、二〇一二年の十二月二十二日。


 二〇一二年の十二月二十一日――いまさっき到着した日付の一個前の日は、いろいろやばかった。ネット発の変な歌が流行って『恐怖の大王が来て』とか『アンゴルモアを蘇らせる』とかいう歌詞で、みんなが流されちゃって。しまいには「人類が滅亡する!」ってテレビで言っちゃったからさーあ、私のパパとママ、コロッと騙されてやんの。


 私?

 二〇一二年でしょ?


 当時の私は二十一歳で、大学生。周りの子たちはなんやかんや騒いでいた気がするのん。


 でも、私には前世の記憶があって、モアのことを知っているから「そんなバカな」って思ってたよーん。モアには人類を滅ぼす気、ないもんね。


「さむっ!」


 夏から冬に飛んだから、激寒じゃん!

 タイムマシンを出た私に襲いかかる北風。ユニちゃん、一生の不覚! ……用事が終わったらすぐ帰ろ。帰ろ帰ろ。


 私がタイムマシンに乗るのは初めてのはずだけど、モアは「ユニは我のタイムマシンに乗ったことがあるぞ!」と言ってきたなあ。たぶん、それは別の私なのん。


「いたぞ!」


 モアはすぐに、私が会いたかった人物を見つけ出す。というか、その人物の近くに飛ぶように指定してたっぽい。公園の近く。


「……どちらさま?」


 大きな声で「いたぞ!」なんて言うから、あっちがびびってるじゃーん。モアには配慮が足りないのん。逃げ出さないのはえらい。一歩間違えたら警察に通報されちゃうところ。知らないおねえさんに指差されて「いたぞ!」ってされたら、こわくなっちゃうのん。


(かわいい!)


 二〇一二年で、99年生まれだから、十三歳。

 中学一年生かあ。へえ……。今日は冬休みだからか、制服は着ていない。え、制服? ウケる。


 モアは会ったことあるらしいじゃーん?


 私は成長後しか知らないのん。あの、ひゃくきゅうじゅっせんちぐらいの、でっかく成長した参宮さんぐう拓三タクミしか、見たことがない。昔のことを聞くと、露骨に嫌そうな顔をしてくるから聞きづらい。小さい頃を知っているであろうご家族の方はもう亡くなっていて、写真もあんまり残ってない。生きていたとしても、親子仲を考えると、会わせてもらえたかどうか怪しいよねん。


(えー、これが十年ぐらい経つとああなっちゃうのん?)


 もったいない。時の流れが残酷。オレンジ色の目の、ちょっと陰のある美少年ってかーんじ。大きくならないでほしい。モアならできるよねん?


「あの、俺に何か」

「こほん」


 逃げられちゃう。さっさと用件を伝えなきゃ。

 私は咳払いした。こほん。


「?」

「私といっしょに暮らさない?」


 本人の昔話が正しいのなら(ウソをついているようには見えなかったけど)この少年期に、こっぴどい虐待を受けているはず。やせてはいても、殴られた痕は特に見当たらない。外の人間からは気付かれないような傷を付けられている。


 そんなの絶対よくないの。


、何?」

「こ! ほ! ん!」


 おばさんじゃないのん。

 たしかに八歳も差はあるとはいえ! とはいえ!


「いや、急に何ですか? いっしょに暮らす、って、父さんに許可は取ったんですか?」

「私は、君を助けに来たのん」


 参宮家に母親はいない。この子が生まれて早々に離婚しているから。父子家庭で、この子はずっと『母親』という存在に憧れていた。この憧れから、将来的に暴走するのも、私は知っている。


 私からの申し出は、きっと、嬉しいだろう。

 助けを求めても、助けてもらえなかった人生だから。


「帰れ」

「……?」


 およ。聞き間違い?

 なんだかすっごく怒っているように見える。気のせい?


「いっしょに帰るよーん」


 私は彼の手を引いて、モアが操縦するタイムマシンまで連れて行き

 けれども、私が善意から差し出した手は、はね除けられる。なんだかわからないけど、とっても強い力で、パシッと叩かれた。


「痛ったぁ!?」

「どこに連れて行くのさ!?」


 怒られている。私が。


「どこって、ここじゃなくて。君は、君のおうちに帰っても、つらい思いをするから」

「お前に何がわかるんだよ! 俺の! 何が!」


 騒ぎ出した。顔を真っ赤にして、オレンジ色の目の周りは血走っている。ただならぬ様子に、なんだなんだという野次馬が寄ってきそうだ。やばい。私たちがピンチ。


「だって、君は、このままだとダメになっちゃう」


 周りには『いい子』だと思い込まれている。苦しんでいても誰にも助けてもらえず、義理の妹に恋をして、止めどなくおかしくなっていくから。――まだ間に合う。


「消えろ」

「えぇ?」

「俺の前から消えてくれ。今すぐに」


 なんで……?


 どう考えても私についてきたほうがいいだろうに、十三歳の参宮拓三少年は顔を手で覆ってしゃがみこむ。こんなに拒否られるとは思っていなかった。少年は私のこと(私のことというかまあ……身体目当て?)を好いていたみたいだし、誘われたらほいほいついてくるものだとばかり。


「ユニ。行くぞ」

「え。まだ目的を」

「置いていくぞ!」


 置いて行かれるのは困るのん!

 待って、モア!

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