第3話 渋谷 - 眩しかった日々 -
渋谷駅を出ると、109の光がいつも視界の端に入ってくる。
若者の街。
そう言われて、私はどこかで一歩引いていた。
自分は“そっち側”じゃないと思い込むことで、少しだけ大人になった気がしていた。
社会人になって、渋谷で働くようになった。
流行の最先端。
人混み。
スピード。
競争。
スクランブル交差点の信号が青に変わるたび、群衆の波が一斉に押し出される。
大画面の広告から音楽が降り注ぎ、誰かのヘッドホンから漏れるビートがそれに混じる。
電子音とざわめきが重なり、街全体がひとつのリズムを刻んでいた。
その中で、私はいつも半歩遅れていた。
取り残されているようで、でもその遅れがむしろ自分を守っている気もした。
—————
私がよく歩いていたのは、宮益坂だった。
駅前の喧騒を抜けると、少しずつ静かになっていく。
カフェの軒先の灯りが、街を柔らかく照らしていた。
表参道に向かう途中の、背伸びしすぎない都会。
そこだけが呼吸の合う空間だった。
昼休み、先輩とカフェで打ち合わせをした。
夜、デザイナーと合流して深夜まで作業したこともある。
終電を逃して歩いた帰り道、コンビニのおにぎりをビルの影で食べたこともあった。
カサカサと包装のビニールが風に鳴って、街が一瞬だけ、この小さな音に集中した。
人気のない歩道に、ヒールの音だけが響いた。
高層ビルの窓には、いくつかの明かりがまだ灯っていた。
きらびやかなはずの街が、時折ひどく無口に見えた。
でも、そんな渋谷が私は嫌いじゃなかった。
今思えば、あの頃の私は、まっすぐだった。
不器用で。
空回りして。
よく泣いて、よく笑っていた。
深夜に帰宅しても、次の日を楽しみにして眠れなかった夜があった。
周囲の期待に応えたかったし、自分にも勝ちたかった。
ビルのガラスに映った横顔は、街の光に照らされて輪郭だけが強く浮かんでいた。
未来と過去がそこに重なり合い、いまの私が一瞬だけ透けて見えた。
もし未来の私がその横に立っていたら、言葉はいらない。
ただ黙って、同じ歩幅で並んでくれる気がした。
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