第14話

 帰宅した私はいつもどおりフツーに夕飯を済ませて、いつもどおりフツーに自分の部屋の布団の上でゴロゴロしていた。

 たいていこの時間はスマホでSNSチェックしたり更新されたマンガとか小説とか動画を見て回っている。

 だけど今日は別のことに気を取られていた。

 

「んむぅ~~⋯⋯」


 やっぱりさっき、キスされたと思うんだけど。

 ほんとに一瞬だけど、ほっぺにちゅって。もしくは頬が触れただけ? なんか欧米風の挨拶で見たことある。先輩の容姿からしてあっちの血が入っていると言われてもおかしくない。


 それか指? 指でつんってされただけ? でももっと影が動いた気がするんだよなぁ。暗くてよくわかんなかったけど。

 そこに関して、何もリアクションできずに帰ってきた。想定外のことをされると人は思考停止してしまうらしい。


 いずれにしたって、これってつまり⋯⋯もしかして。

 本気なのだろうか。

 ちょっとリアクションが面白い後輩とかって、からかわれてるだけかと思ってたけど。


 私と付き合いたいって⋯⋯ガチですか?

 私が首を縦に振れば、先輩と付き合えるの?

 

 いやでも、付き合うって、実際何をどうする気なんだろう。

 あ、今日みたいな感じ? なんか勝手に初デートっとかって⋯⋯。


「うーーーん⋯⋯」


 自然と謎のうめき声が漏れる。

 布団の上で仰向けになると、私はちら、と机に乗っているカバンを見た。

 そら先輩にもらったキーホルダーがぶらさがっている。

 

 ――えへ、これでおそろいだね。


 ⋯⋯案外悪くないかも?


「いやいやいや!」


 一回デート? したぐらいでそんな、ねえ?

 あれだけフリョーは嫌ですと拒否した手前、


『あれ? フツーちゃんどしたの? あれだけフリョーは嫌ですとか言ってたのに⋯⋯』


 とかって煽られるのが目に見えている。

 いや意外にここぞでは優しいから、


『ほらフツーちゃんおいで~。いっぱいちゅ~しようね~~』


 みたいな激甘展開もありうる。

 ⋯⋯いや、あるのか? そもそもが私の勘違いではないのか。

 

 先輩とは仲良くなったようで、実は連絡先なんかは交換してない。

 なぜか聞かれなかったし、こっちから聞くっていうのもどうなのって。


 だから先輩はまだ家で一人なのかな? 今頃なにしてるんだろうな?

 って気になっても、なんもできない。ひたすらもやもやするだけ。

  

 ⋯⋯はっ、もしやそれがやつの狙い?

 私を試してる? 思わせぶりにしておいて、最後は餌が食いついてくるのを待ってるとか?


 先輩にしたら私なんて、ちょっとした暇つぶしみたいなもんだろう。そこまで私にちょっかい出してくる理由がいまいちわからない。


 ⋯⋯ていうか、私だけじゃなくてあっちこっちで似たようなことしてるのかもしれない。

 先輩は女の子が好きって言ってたけど⋯⋯それってつまり、すでにそういう経験があるってこと? 


 気づけば私はいつものネット徘徊をやめて、屋上で撮った先輩の顔アップ写真を眺めていた。

 真面目な顔をしているときはキリっとして、ちょっと近寄りがたいオーラがある。でも笑うと年相応の女の子みたいにかわいい。

 

 先走って勝手に変な想像しちゃったけど、この顔とキスとかって⋯⋯。

 こうやって画面をギリギリまで顔に近づけてみても、不快感は微塵もわかなかった。

 それよりむしろ⋯⋯。


「おねえちゃん?」


 頭の上から声が降ってきた。

 うつ伏せになっていた私は反射的にジタバタ手足を動かしていた。スマホを布団の上に伏せるように叩きつける。

  

「きゃはは、なに今の動き」


 妹の雫(しずく)がけらけら笑いながら私の足元に立っていた。

 2つ下の妹は私と同じ部屋だ。いちおう部屋の真ん中をカーテンで仕切れるようにはなってるけど、いきなりカーテンシャって開けられたりする。ん? ってなる。


 そもそも雫は部屋にいなかったはずだ。ドアが開いたのも気づかなかった。

 私の意識がどこかにトリップしていたらしい。

 

「な、なに?」

「なにをそんな慌ててるの?」

「べべ、べつに? なに? なんか用?」

「あのさ、おねーちゃん枕交換しない?」

「なんで?」

「雫さいきん寝つきが悪くてさ」

「理由になってないが?」

「じゃあ寝る場所交換しよ?」

「嫌なんですけど?」


 私の寝付きを悪くしようとするのやめてもらっていいかな。

 雫はぶすっとした顔を作ったあと、私の尻を軽く踏んだ。いや踏むな。

 

「⋯⋯てかなに? それだけ?」

「お風呂入れって」


 あらやだ、もうそんな時間。

 私は布団から立ち上がるとスマホを机においた。雫は無造作に私のスマホを拾い上げる。


「いやいやなにしてんの」

「なに見てたの?」

「なんでもいいでしょ」


 私はスマホを取り返す。この妹は人のスマホを勝手にいじろうとする癖がある。なのでちゃんとすぐロックがかかるようにしてあるのだ。


 



 

 体を流し終わった私は湯船につかった。

 力を抜いて、お湯を顎先まで浸す。自然と口からため息が漏れた。

 

「はぁ⋯⋯」

 

 お父さんはフツーにうざい。

 お母さんはフツーに口うるさい。

 妹は最近フツーに何考えてるかわからない。


 ⋯⋯やだ私ったら反抗期?


 父親はフツーのサラリーマン。母親はフツーにパートのおばちゃん。

 かくいう私もフツーの一軒家に住むフツー一家の一員である。

 まあ、フツーに恵まれているとも言える。

 

 そら先輩はどうなんだろう。

 両親は? お父さんはいない? 一緒に住んでないだけで、兄弟とかいるのかな? 

 お兄さんとかいたらすごいモテそう。絶対イケメンだろうし。

 

 ⋯⋯なんて、なんで先輩のこと考えてるんだろう。

 そんな矢先にお風呂場のドアが開いた。湯気が出ていくのと入れかわりに、一糸まとわぬ姿の雫が入ってきた。

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