第二話 数多なる「なんでそうなる」
私は屋敷に連れて行かれ、あれよあれよという間に『オリヴィア・ルナール令嬢』として仕立て上げられた。
「オリヴィア様は幸せ者ですね。ステファン様とご結婚できるだなんて!」
侍女たちが口を揃えて同じようにそう言ってくる。
「そう……なんでしょうか?」
「そうですとも! ステファン様は社交界でも人気が高く、妻の座を狙っている貴族のご息女は山のようにいらっしゃいますよ!」
そんなにモテるんだ。まぁ、あのお顔だもんね。でも、聞き捨てならない噂もあるじゃない? 冷徹公爵子息……だっけ? 大体、そんなに引く手数多なら、
「なんでルナール家だったのかしら?」
素朴な疑問が、つい口をついて出た。
「それは、ルナール家は由緒正しきお家柄ですもの。王族との繫がりもありますしね」
「旦那様がいたく乗り気だというお話でしたよ」
同じ公爵家同士でも、その職によって様々。確かにルナール家は、直接的ではないけど王家と関りがある仕事をしてるんだよなぁ。貴族によっては、やたら王家との関係を築きたがるって話は聞いたことある。マクミリア公爵家って、そっち派なのかな?
ルナール家としても、辺境のマクミリア公爵家と繋がっていれば利がある、みたいな話が出てたっけ。結局、結婚する当人たちは政治の道具なんだな。
「それが政略結婚の真相ってことか……」
思わず口にた言葉に、侍女たちの手が止まる。
「あ、ごめんなさい、なんでもありません!」
慌ててかき消す。
「オリヴィア様はこの縁談に乗り気ではないのですね?」
侍女頭が難しい顔で質問を投げかける。
「いえ、そういうわけではないのですが……」
縁談自体はどうでもいい。問題は、私がオリヴィアではないということよ。
「あの、マクミリア公爵家にオリヴィア様を……じゃない、私と面識のあるお方はいらっしゃいました……っけ?」
そもそもオリヴィアを知ってる人がいたらその時点で嘘がバレる。これって、もしバレたら私、大変なことになるんじゃない?
「いらっしゃらないと思いますよ」
侍女たちが顔を合わせ、頷き合った。
「ですねぇ、みんな、どんなお嬢様がお越しになるのかと楽しみにしておりましたもの」
「本当に、こんな可愛らしいお嬢様においでいただいて、屋敷が華やぎますわ」
各々、本音なのか建前なのかわからない感想を述べる。実際のところ、残念ながら私、華やぐほどの美貌ではないわけで。
「そう……ですか」
オリヴィアはグレーベージュの髪にオリーブグリーンの瞳。それに対し、私は赤茶の髪にグリーングレーの瞳。背格好は似ているけど、印象はまるで違う。一度でもオリヴィアに会ったことがある人物がいたら、別人だと見抜かれてしまうだろう。どうやらここにはいないようなので、ひとまず素性が知れる心配はなさそうだけど……まずはさっきの執事長、プレストと話をしなければならない。こんな茶番をいつまで続けるつもりなのか、確かめないと!
「さぁ、これでよろしいですわ」
頭の先から爪先まで、完璧に仕上げてもらう。
昨日までは仕上げる側だった私。今は綺麗なドレスを着て、髪を結い上げ、キラキラの装飾品をあしらってもらい、これからディナーに向かうのだ。あ、待って。私、ちゃんとマナーとかわかってるのかな?
「ふぅ」
なんでこんなことになっちゃったんだか。早く本当のこと話してここから出たい。
コンコン
「あら、お迎えが来ましたわ」
侍女頭がドアを開ける。
「支度は?」
「出来ております」
迎えに来たのはステファン本人だった。見れば見るほど外面はカッコいい。
「オリヴィア嬢、大丈夫か?」
「へ? あ、問題ありませんっ」
私の名前はセレナ。オリヴィアと呼ばれても自分だと思えず、どうしても反応が鈍くなってしまう。
「では行くぞ」
踵を返し、さっさと部屋を出てしまう。
エスコートとかしないわけ? まぁ、いいけどさ。
私は置いて行かれないよう、急いでステファンの後ろを歩いた。
ピタ、とステファンが止まる。私も釣られて足を止める。
「オリヴィア嬢、あなたは……」
「はい?」
「エスコートしない婚約者を咎めたりしないのか?」
「……は?」
なにを言われているのか、よくわからない。
「あの、どういう意味です?」
「普通こういう時は男性が女性をエスコートするものだ。違うか?」
「違いません」
「ではなぜ私を咎めない?」
「えええ?」
咎めてほしかったの?
「私の顔がいいからか?」
「……はぃ?」
私、この一言に、ショックを受ける。
「私の顔がいいからなにも言わずについてくるのかと聞いている」
これは……笑いを取ろうとしている……のか? いや、顔、真剣だな。だとしたら、なんて答えるのが正解なんだろう。
「あの、確かにステファン様はとても見目麗しいお姿だと思っておりますが、だからついてくるのか、と言われればそれはなんか、違うような気が……」
「ほぅ、ではなぜ咎めもせず黙って後ろを歩いたのだっ?」
なんだか前のめりだな。
「急いでらっしゃるのかと」
「ほぅ。では私の顔がいいからではない、と」
だから、どれだけ顔の話してくるのよ?
「あの、さっきからその……お顔の話はなんなのでしょう?」
頬が引きつるのを我慢して、聞いてみる。
「世の女たちは皆私の顔が好きらしい」
至極真面目な顔でそう言ってくる。
「……はぁ」
「それだけで群がってくる女たちが、私は嫌いだ」
言い切った!!
まさか、女嫌いって、これなわけ!?
「ぶっ、くくく」
私、我慢できずに吹いてしまう。
自意識過剰なのか、バカなのか、それとも真剣に悩んでいるのか。なんであれ、面白すぎんべな、これ!(あ、訛っちゃった)
「笑った……だと!?」
しまった。
私、なんとか平常心を取り戻し、答える。
「申し訳ありません。なんだかとても、その、私には理解しがたいお話です」
「だろうな!」
あ、怒ったかも。
また、黙って歩き始めたステファンのあとを大人しく付いて行く。食堂には、沢山のご馳走が並んでいた。
「おお、やっと来たか!」
待ちくたびれた様子で出迎えてくれたのは、マクミリア公爵。奥方は……確か離縁していらっしゃらないと聞いた。ステファンに似て、顔面偏差値は高い。イケオジってやつね。
「お待たせして申し訳ありませんでした」
私は深くお辞儀をした。
「堅苦しいのはなしだ。さ、早く座って、」
気さくを絵に描いたような対応である。ステファンの仏頂面とは違い、人懐こいイメージ。彼はきっと、女好きでもあるだろう、というのは私の勘。
「さ、乾杯しようではないか」
公爵が杯を掲げた。
ステファンと私がそれに倣う。
「二人の婚約に、乾杯!」
ああ、乾杯されてしまった。チラ、と視線を泳がせると、部屋の隅に執事長のプレストが直立不動で立っている。こっちを見ようともしない。あれ、わざと避けてるな。
私は手にした杯を無意識に煽ってしまった。
……うわぁ、なにこれ、美味しい~!
こう見えて前世ではアラサー女。お酒は大好きだったのよね。今でこそ、侍女という立場上、アルコールを口にする機会はないわけだけど、やはりお酒は、旨い。再認識!
「おお、オリヴィア嬢はイケるクチか?」
マクミリア公爵が嬉しそうに私を見る。あ、そうだった。私、オリヴィアなんだっけ。
「いえ、そんな」
今更ながら、否定してみる。
「これは我が領土で採れたマチルの実を使ったマチル酒でな。旨かろう?」
「はい、とても!」
あ、おっきい声、出ちゃった。
「そうかそうか、沢山飲みなさい」
勧められ、つい、二杯、三杯と口にしてしまう。ああ、やっぱりお酒って美味しい!
誤算だったのは、この体がセレナである、ということ。前世の私はザルに近かったのだが、セレナはそこまでアルコールに強いわけではなかったようだ。
つまり……酔った。
「だからぁ、わらしは顔がいいらけの男になびいたりはしないんれすよっ!」
ダン、とテーブルの叩き、言い放つ。
完全に出来上がっていた。そして、ステファンに説教をしていた……気がする。
「もうやめておけ」
ステファンにグラスを取られてしまう。
「ああ、わらしのぐらすぅ!」
取り返そうとした勢いで、ステファンに抱きついてしまい、あろうことかそのまま、眠ってしまうのだった。
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