悪役令嬢と悲劇の王子様

@komugiinu

第1話

セシルは物心ついた頃から悪役令嬢だった。


同じ年頃の子供たちからは

「やーい悪役令嬢!」

とからかわれ、石をぶつけられた。


---


「本当にセシルお嬢様は、生傷が絶えませんねえ、

また相手のお家から苦情がまいりますわ。」


傷の手当てをしていた侍女は、呆れたように言った。


ルシアン王子はクスクスと笑った、

「相手は男の子が4人だ、

叱らないでくれないか

正当防衛だよ。」


ちょうど通りかかった時、セシルは数人のいじめっ子相手に、取っ組み合いをしていたのだ。


「それでもなぜか、お嬢様が悪いことになってしまうのですわ」



「きみは強いね、泣かなかったのかい?」

「泣かないわよ、私は悪くないもん。」


思い返せば、僕はこの頃からセシルのことが気になっていたのだ。


「何でいじめられていたんだ?」

「私は悪役令嬢だから仕方がないんだって、

“鵜p主様”が言っていた。」


「鵜p主様?」

「自分は神だって言ってるのよ

別に気にして無いけどねー」


悪役令嬢とは何か、僕にはよくわからなかったけど、

僕から見たら、セシルはちょっと活発で、嘘や曲がったことが大嫌いな普通の女の子だった。



だから僕が16歳になって、

お妃候補の名簿を見た時、そこにセシルの名前を見つけて喜んだ。


「バーナード侯爵家なら問題あるまい、

3歳差なら年も丁度いい。」

両親(国王夫妻)も暗黙の了解をしていた。


しかし、そこに大人の問題が絡んできたのだ。


ブロア公爵家のローズマリー嬢

僕のはとこにあたり、

学校では1学年下の令嬢だ。


王室の行事で会った時に挨拶する程度だが、

ブロア公爵夫妻はぜひとも自分の娘をお妃にしたいらしい。


どうやら(僕の思惑とは別に)お妃候補は2人になってしまったようだった。



やがて街には

セシルは悪役令嬢だという噂が飛びかった。


誰が広めているのか察しはつく、

学校の中でも、お妃はローズマリー嬢だと言われていた。


僕はローズマリー嬢を呼び出した。


彼女は誰が見ても生粋の淑女だ、

「殿下がセシル様をお気に入りの事は存じておりますのよ、


でも王妃はこの国の顔になるのです、

それに相応しくない者を伴侶になさったら

殿下が、いいえこの国全体が他国から蔑まれますわ、

私はそれを憂いておりますの。」


セシルの影響だろうか

僕はこの一見もっともな正論だが、酷く身勝手な言い分に、薄気味悪さをおぼえただけだった。


---


世評は酷くなってきた。


“バーナード家の庭には、セシルが殺した使用人たちが埋まっている”

“領地では飲み水に毒を入れ、町中の人々を殺した”

挙げ句の果ては、

“セシルは魔女だ”


嫌がらせの手紙は数え切れないほど届き、

街へ出れば罵声を浴びた


彼女は日に日に顔を曇らせていった、


「セシル、酷い噂が流れているが

僕たちも出所を探っている。

きみは家から出ない方がいい」


セシルは疲れ切ったように言った。

「噂は無くならないわよ

そのうちに国民が皆んな信じるようになるわ」


「何だって?」

「鵜p主様がそう言っていたわ、


このあと最後はルシアンの婚約者を殺そうとした罪で処刑されるのよ。

そうなるように世界を作ったって」

彼女は虚な目で笑った。


急がなければいけない

セシルがどんどん追い詰められる

僕は父(国王)に言った。


「セシルと結婚します」

「しかし、貴族院の承諾がいる」


「次期国王を弟に指名してください。

公爵の狙いは、王太子妃の座だから

僕の利用価値が無くなればセシルの噂も消える筈です」


「そこまで言うのなら」


しかし、それよりも早く貴族院ではもうローズマリー嬢を全会一致で婚約者に推薦する決議がなされていた。


そして、家を出るな、と言っておいたはずなのに、セシルはなぜかローズマリー嬢のお茶会に参加していた。


お茶には毒が入れられて

それを飲んだローズマリーは倒れた。

当然、犯人はセシルだと皆に疑われた。


セシルは何も言わず、無表情のまま立ち尽くしていた。


---


ルシアンの頭の上で声がした。

『あいつすっかり諦めて、動かなくなっちまった、

もっと抗ってもらわなきゃ面白くないのにな、


おまえたちがジタバタしてくれれば、それをネタにできるだろう?


これからはあの女はやめて

おまえの方をいじろうかなあ』


「おまえが“鵜p主”か?」

『そうだよ

まあ頑張ってな』


神だなんて言って、

あいつは強制力を働かせながら、どこかで僕たちの事を見て楽しんでいるんだ、



ローズマリー嬢は、たいした量の毒は飲んでおらず、命に別状は無かった。


セシルは取り調べでも、魂が抜けたように何も話さなかった。


「セシル、ちゃんと反論してくれ、

今度は僕の所に鵜p主が現れた

逆らわなくなったおまえはつまらないと、見捨てられたんだ。


あいつのやる事だ

このままだとこの世界から消されるぞ、」


彼女はポロポロ涙を溢した、

「私は何もやっていないわ!」

「そうだ、その調子だ」



公爵家の調査をすると、見かけによらず、財政は火の車だと分かった、

さらにローズマリーによく似た女性に、殺鼠剤を売ったという薬店も見つけた。



しかし

裁判は驚くほど早く進んだ

予想した通り、裁判員の心情は最悪で、このままだとセシルは斬首刑になる。


僕は公爵家を訪れた

ローズマリーはまだベッドに寝ていた。


「私が彼女を許しますと言えば

たぶん修道院送りくらいで済むでしょうねえ。」

「ありがとう、恩にきます」


僕は歯ぎしりをしながら頭を下げた。



「セシル、ローズマリー嬢に謝罪するんだ、

彼女は許すと言ってくれるそうだ、

不本意だろうが、命が繋がる」


「私は何もしていません

なぜ謝るのですか?」


「それしかないだろう?

このままでは処刑されるんだ」


「殿下、

鵜p主様は今この状況を楽しんでいます、

悪役令嬢が皆の前で謝罪して、心が壊れるのを期待しているのです。


鵜p主の思い通りにはさせません、

だから私は理不尽に頭を下げてまで

命乞いは致しません!」


セシルだ、

小さい頃みんなに石をぶつけられても泣かなかったセシルが戻ってきた。

でもそれは同時に命を失うということなんだ。



セシルの父バーナード侯爵にルシアンは自分の計画を語った。


「ローズマリー嬢には何とか“許す”と言ってもらえるようにします、

そしてセシルが修道院に送られたら、時期をみて脱走させます、

その後、どこかに僕が匿います。」


「わかった、セシルには私が後でもう一度、謝罪するように説得してみよう」


ルシアンが帰った後、

バーナード侯爵は険しい顔をした。


「馬鹿なやつだ」

思い詰めた様にそう呟くと

侯爵は剣を持ち出した。



『やあ、説得は失敗だったね、

それでこれからどこ行くの?

え? ローズマリーの所?


あははは

そうか、結婚を条件に拝み倒しに行くわけか、


なるほどきみはよく動いてくれるから

続きが書きやすいや。』


「鵜p主、おまえはだれだ?

セシルは神だと言っていたが

ずいぶんお粗末な神様だな」


『俺はこの物語の作者、

アイデアが行き詰まっちゃってね、


俺が設定をちょっとだけいじって、

後は、おまえたちが適当に右往左往してくれると面白いのが書ける』


「セシルが生まれつき悪役令嬢なのも、おまえが決めたのか?」

『そう、人物設定のプロフィールさ、


ちなみにおまえは“悲劇の王子”

どれだけ頑張っても、結局最後には悲劇になる可哀想な王子様、


そういうキャラに決めたんだ。』


ははは


『いい事教えてやろうか、

公爵家の庭に行ってみな

いいものが見つかるぜ』



王宮では

バーナード侯爵が、国王に謁見していた

「愚かな我が娘の遺髪です、

衆目に晒されて、斬首されるのは耐えられないと自殺しました。」


国王は冷ややかな目で、侯爵を見下ろした。


「おまえが侯爵家を残すために、自ら娘に手をくだしたのではないのか?」

「...いいえ、あくまでも自殺です」


---


ルシアンはこっそり公爵家に忍び込み、庭を探しまわった、

そしてお茶会のあった近くの植え込みの中から空の薬瓶を見つけた。

殺鼠剤、あの薬屋のネームも入っている。


やった、これでローズマリーの自作自演が証明できる!

「鵜p主くん、感謝する」


しかし、喜んで王宮に帰ったルシアンが聞かされたのは、セシルが死んだという知らせだった。


『ヒャッヒャッ、

な、おまえは悲劇の王子だろう?


ちょっと喜ばせてから、突き落とすのは

最高だなあー


セシルは父親に殺された、いや自死だっけ、

まあどっちでもいいや。』


「うるさい、うるさい!

おまえのような、薄情者に作られたこの世界が悲劇なんだ!」

『へへへ、残念だなー』


「ローズマリー、

あの女は許せん!」

『まあそうくるわな』


---


「ないわ、この辺に隠した筈なのに」

公爵家を訪ねると、まだ薄暗い中で

ローズマリーが植え込みを探っていた。


「探し物はこれかい?」

「あっ」


「セシルを陥れたのか?」

「違うわ、あなたに心配して欲しかっただけよ、

お見舞いに来て貰いたかったのよ。」


「よくも言えたな

セシルは自殺した、おまえのせいだ、」

僕は剣を抜いた。


「あの子を追い落とせれば良かったのよ、

死ぬなんて思ってなかったわ!」


「セシルはもういない

僕は殺人者になっても構わん、

おまえだけは許せない!」


ルシアンはそう叫ぶと、ローズマリーの胸に

剣を深く突き刺した。



『やったー、グッジョブ

さすが、悲劇の王子様!』


呆けたようにふらふらと歩いている僕を見ながら、鵜p主ははしゃいだ、


『ヒャッヒャッ、いいねー

結局、最後には全てを失った可哀想な王子様、

あー、じゃあラストシーンはねえー』

「もう何もしないぞ」


鵜p主は僕の話なんか聞いていなかった、

『そうだ、旅に出ようか

行く当てのない放浪の旅、

最後は哀愁の後ろ姿で締めたいなあー』


「フフフ、悪魔め」


急いで旅支度をした僕は

背中に荷を背負って街道に出た


「これでお終いだな」

『いやあ、ご苦労だったな


実は、俺も悲劇は好きじゃない

だから今度はビーチボーイがギャルと恋する話を書いているんだ、はは、楽しいぜー』


目の前に“完結“という文字が浮かんだ


「あばよ、クソ野郎、」

『はい、お疲れ様でしたー

バイバイー』



暫くそのまま歩いて、

奴が完全にいなくなった事を確かめると

僕は回れ右をした。


王都に戻ると

バーナード家に駆け込んだ、

「セシル!」


家からは短髪になったセシルが飛び出して来た。

「ルシアン、完結したの?」

「ああ、全話アップ済みになった。

あいつは次の話の執筆に行っちゃったぜ、


きみは遠縁から養女になったセリナ嬢だっけ、

念の為に、セシルは死んだままの方がいいな。」


セシルいやセリナは、髪を触った。

「おかしくないかしら

お父様ったら、思い切り短く切っちゃうんだもん。」



王宮にべっとり血のりのついたドレスを着たローズマリー嬢が連行されて来た。


「ルシアン様、

なんですの、この剣は?」

「隣国のカルロス王子に土産で貰ったんだ。

マジックのアイテムさ」


「ねえルシアン様、私の演技上手かったでしょう、

これで私は無罪放免ね?」


「ダメだ、おまえはセシルを陥れようとしたんだから、

修道院送りだ」

「えー、殺されるふりをして物語を終わらせるのを手伝ったんだから

もう少しおまけしなさいよ。」



鵜p主がいなくなってから、セシルの悪役令嬢の噂もいつの間にか消えた、

人の心なんてそんなものだ


もちろんセシルの実家の侯爵家もそのままになった。


「ルシアン殿下、私に話してくれたあなたの計画、ありゃーダメだ、


あのままでは、あなたは公爵令嬢にずっと頭が上がらず、

うちのセシルは一生日陰者になってしまうのですよ、


それは悲劇だろう。」


詳しくは教えてもらえなかったが、

セシルを隠したあと、公爵家には経済的な攻撃を仕掛けて破産させてしまい、

セリナという娘を新たに作り出すつもりだったらしい。


「まあ、殿下のおかげで、思ったよりも早くカタがつきましたけどね」


王室を騙す気だったのか、

とんだタヌキいや策略家だ。


僕は最初からセシルは生きていると分かっていた。


セシルを溺愛しているこの侯爵が娘を殺すことも、セシルが何もせずに自ら命を断つこともありえないからだ。



僕は髪の毛が短いことをまだ気にしているセシルを伴って

国民の前で婚約を宣言した。


これからの物語は自分たちで作って行くのだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

悪役令嬢と悲劇の王子様 @komugiinu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ