ショートショートXVI「幽園地のティッシュ配り」
北ノ雪原
ショートショートXVI「幽園地のティッシュ配り」
「どうぞ、よかったら。…あっどうぞティッシュ、遊園地限定デザインの…。」
賑わいを見せる遊園地の一角、その男は道行く人々にポケットティッシュを配布していた。
ティッシュを貰ってくれる人はあまり多くは無い。
しかし子供たちは「ありがとう、おじさん!」と元気にそう言いながら貰っていってくれる。
男はそんな子供たちの笑顔が好きで、この遊園地でティッシュ配りの仕事をしているのだ。
たしかに子供の笑顔が好きなら、アトラクションのスタッフなり着ぐるみを着たスタッフなり、他にもできる仕事はある。
しかし男は控えめな性格で、ティッシュ配りくらいがちょうどいいと思っていた。
特に目立つことも無く、ティッシュを配り続ける日々。
そんなある日、事件は起こった。
遠足だろうか、大勢の子供たちがその遊園地に遊びに来ていた。
小学校低学年くらいの子供たちで、ワイワイキャッキャとはしゃいでいる。
男はいつものようにその光景を微笑ましく眺めながら、ポケットティッシュを配っていた。
そんな時、その子供たちの集団の中から、1人の男の子がこちらの方へと走ってくるのが見えた。
男の子は必死に走ってきてこう言った。
「おじさん!クラスの子がね、転んで怪我をしちゃったの。血が出てるからティッシュが必要なの!おじさんティッシュちょうだい!」
「それはいけない。ほら、たくさん持っていきな。」
男は慌てて5つ程ポケットティッシュをその男の子に手渡した。
「ありがとうおじさん!」
その男の子は眩しいほどの笑顔で戻って行った。
「心の優しい子なんだなぁ。」
男は感心していた。
しかし、陽が傾き影が伸び始めた頃、男は目撃してしまった。
トイレのある建物の裏から叫び声が聞こえてきたので、何事かと思い男は様子を見に行った。
すると、先程の優しい男の子が、一人の意地悪そうな男の子から嫌がらせを受けているようだった。
この建物は少し高台に建てられている。建物の裏には柵があり、そこを越えると何メートルも下へと落ちてしまう。
その意地悪そうな男の子は、優しい男の子をその柵から下につき落とそうとしていたのだ。
「やめなさい!!」
男は必死に叫びながら、自然と体が動いていた。
男は、突き落とされそうになっている男の子を、間一髪のところで引っ張りあげた。
「何すんだよおっさん!」
「やめてハヤトくん!!」
そのハヤトと呼ばれる男の子は、その男の足を思いっきり蹴り飛ばした。
低い柵だった。小さな男の子は助かったが、大人の男は足を蹴られた痛みでバランスを失い、柵からそのまま下の地面へと転げ落ちていってしまった。
助けられた男の子と、ハヤトという男の子は恐る恐る下を見た。
ティッシュ配りの男は、頭から血を流して動かなくなっていた。
「んで、助けられた子はショックが大きすぎて喋ることができなくなってしまった。それをいいことに、突き落とした子はおじさんが1人でバランスを失い転落したと嘘をついた。っていうのは、だいぶ後になってわかったこと。突き落としたその子は未だに捕まっていないんだとか。」
月も出ていない暗闇の中、懐中電灯を持った1人の男子大学生が語っている。
「それから遊園地は柵を高くするなどいろいろ対策をした。だけど、その後遊園地では不可解なことが次々と起こったんだ。」
ジメッとした生温い風が吹く。
「大人には見えない、子供にしか見ることのできないという男が、敷地内を彷徨っていると噂になった。その男は、優しく微笑みながら、ポケットティッシュを子供に配っていたんだ。そのティッシュを受け取ってしまった子供たちは、どうなったと思う?」
その男子大学生は、懐中電灯をもう1人の男子大学生へと向けた。
「そんなの有名な話だろ。その子供たちは、次々と不可解な死に方をしていった。だからその遊園地には人が行かなくなり、経営困難で閉園。今では幽園地などと言われ度々…。」
「そう、こうして俺らみたいに肝試しに来る奴らがいる。」
男子大学生2人は、その場で足を止めた。
目の前には寂れた看板があり、遊園地名が書かれている。
この奥にはもう使われていないジェットコースターや観覧車などあるのだろうが、暗くて全く見えない。
「けどよ、やめておこうぜ、中に入るのなんて。不法侵入だしバレたらやばいって。大学停学とかになっちまうかもしれないぞ。」
「なんだ、ビビってんのか?ハヤト。」
「いや別にビビってなんか。」
そう言いながら、ハヤトという男子はもう1人の腕を掴んだまま離さない。
「やっぱビビってんだろ。せっかくはるばる遠くからこの心霊スポットに来たんだ。いいから行こうぜ!…って、あれ、ハヤトお前、鼻血出てるぞ?」
「え…?」
ハヤトは自分の鼻を手で拭う。たしかにその手には真っ赤な血が付いていた。
「だ、大丈夫だ、ティッシュがあれば…。」
「ティッシュなら、ここに。」
「お、おうサンキューな…って、え?」
ハヤトは声が聞こえた左側を見た。
そこには、見覚えのある男が立っていた。遠い記憶が蘇る。本当は思い出したくない、苦すぎる記憶。
男のその手には、1つのポケットティッシュが握られていた。
その男はニヤリと不敵な笑みを浮かべている。
「ハヤトくんだね。やっと、やーっと、捕まえることができた。僕を蹴り飛ばして突き落とした、君をね。」
その後ハヤトがどうなったかは、言うまでもない。
ショートショートXVI「幽園地のティッシュ配り」 北ノ雪原 @kitanosetsugen
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