6・裏切りの讃歌
——実体の拡張。外界に「神」として君臨していたその体が、偶発的な膨張を加速させる。
「チッ……、想定外が多すぎる。あと少しなんだ。それまで堪えてくれよ」
プレセツク——ロシア軍用の射場まで難を逃れたアドナイのすぐ側にも、神は躙り寄っていた。
ロケットは目と鼻の先。アドナイは小型機を降りるが早いか、低姿勢を保ち、クリアリング、そして射撃を開始。彼は今、闘争と逃走を両立して発狂している。
ロケットが点火した。ゲオルギーリボンの塗られたロケットが、轟音と共に地を離れる。
「お、おいっ………………、おおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおいいいいい!」
絶望だった。自分以外の総てを捨ててまで、生きることの可能性に賭けた彼は、死と命運を共にする顛末をここで悟った。
「ああ、あああ、ああぁ…………」
彼が跪く間もロケットは飛び続けた。そして神に弾かれ、空中で花火を散らすように爆ぜた。デコピンのように、神の纏う強風に煽られ、四散する粉塵が繊細な科学を破壊した。爆散を遂げたロケットの破片が竜巻に呑まれて、それから遠く、遠い蒼穹へと飛んでいく。どう足掻いても、彼の結末は変わらなかった。
彼は小銃を手に取り、銃口を口腔に押し込んで、震える指を
小さな銃声は神の鳴き声に掻き消され、彼の死は、虚妄と共に無へと帰着した。
——神の実体は、善し悪しの区別を一切つけずに大陸を呑み込んでいった。大きさは計り知れず、ユーラシアの喪失に時間はそうとかからなかった。神は自身と私を乗せて、この世を烏有に帰させんと試みる。
私は
「ねぇっ——!」
それでも、解かどうかは分からなかった。だから、とにかく叫ぶ。大きな声で、頭痛がするくらいの、大声で。
「ねぇっ! かみさま——っ!」
瞳孔の開いた神が、侮蔑を含んだ目線を送る。怪物の擬態のようなものが有象無象と徘徊し、おぞましい。
狼狽えるな。私の解を、言ってやれ。
「負を思った……。負は、正じゃないかな!」
鳴き声が、僅かに静けさへと還る。
「私は自分のことを、過去を、後悔を語るのが好きじゃないから、言えないけれど……。ただ! 私の解は、間違いなく私の『
ただの憶測に過ぎない。そんなことは分かりきっている。神の言う通り、熟考というのは、そう簡単に
「『
もちろん、これが私の解——本当に言いたいことの総てではないんだろう。私の胸中にある渦は、きっと昇華しきれるものではないから。
「もしそうなら、
肺にある空気がなくなるくらい。ジェット機にも劣らない声量は、酸欠を起こして頭痛を誘発した。今、私は何を言ったんだろう? 自分でも判然理解できない。
「……自己が、非自己とな」
だけれど、必死の愁訴は、神の心に響いた。その感触を判然と感じたし、私の渦が安定する感じがした。
怒り任せに浮遊していた神が、ひび割れた地面にゆっくりと着地する。
「貴女の感じた考えは、それか?」
そうだね……。
声帯が枯れてしまったみたいに、声が掠れて喉に詰まる。足の力が抜けて、手が勢いよく地面に着くから、擦り傷が増えてしまった。ヒリヒリと、地味な痛みが、ヒリヒリと。
——神の白皙の両手が、私の頬をそっと
「もう一度言おう。私が未完成である証明は、貴女によって成された」
私はこの時、懺悔をする人の気持ちがよく分かった。見えるものが晴れやかになって、聞こえるものがすっきりして、総てが洗われたみたいに、覚悟が決まる。
ッツパアァァアン——。
やりきった。
私は、私の解を見つけた。
自分の握る趣味の悪い金色の銃が、これほどまでに
そして、神の驚く姿は、私の勝利への
「どういうロジックかは分からない。知る由もない。ただ、言ったでしょう。あなたも
神は目を大きく見開いたまま、何も言わず——なにも、言えないよね。
擦り傷も、大事な人を喪った傷も、私にはもう、心地の良いもの。
私の、神に贈る裏切りの讃歌は完結した。
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