2・結託(1)


 黒い小銃。マガジンを挿し、チャンバーチェック。チャージングハンドルを引いて、スリングを肩に通す。黒いアンダーシャツ、黒い防弾ベスト、黒いヘルメット。総て言われた通りに装備るけれど、意味なんてあるのかな。

 総勢二十、皆も続々準備する。リリトゥの熱を帯びた視線がちらちら。私はぎこちない笑顔で彼女の求愛攻撃を躱す。

「いいか、出るぞ」

 アドナイの指示で、私たちは地を這うモグラになった。暗晦に蜿蜒えんえんと伸びるメトロの沿線を懐中電灯で照らしながら、どこかも分からぬ目的地へと向かう。アドナイは何も教えてくれなかった。二十人のうち、十人くらいはアドナイの部下で、彼と同じような軍人の風格を纏う。だから、助けられた私たちは訊ねる由も、逆らう由もなかった。ただ「生きる」ために、彼らの背を追い続けた。

 暗闇で目がおかしくなってしまいそうで、それに色々なことが普通ではない——厳密にいうとが近いから、既に何人かは気が滅入っている。鉄錆の匂いと、腐乱臭。天井の亀裂から滴る水音、先の見えない暗闇。そのどれもが、私たちの不安を煽るエフェクトだった。頭のサイズが合わなくて、たまにヘルメットがずれてくる。鬱陶しいな……。

 十分後、天井の崩れた瓦礫の山。その先に、僅かな光が見える。地上の光芒。もう何日も地下に閉じ籠っていたから、その光が嫌に眩しくて、怖かった。それだのに、アドナイはなんの踟蹰ちちゅうもなくトーテム足場を組み、皆は続々と険しい瓦礫を登攀した。私も最後のほうで、彼の足場を組む手に土足をつけた。

「あ、ありがとう」

「気をつけろ」

 彼は不愛想で、無慈悲そうで、私は嫌いだ。でも、彼に命を握られているようなものだから、逆らえない。一応、お礼を言っておきたかった——自己防衛のために。

 どうせ死ぬ未来しか見えないのに、なんでまだ生きようとしているんだろう。その時、初めて疑問に思った。

 先を行った者たちが、外界そとでざわついている。上で待つリリトゥに手を取ってもらい、私も地上に手をついた。一体、何日ぶりの地上かな。そも、何日が過ぎたのか……。

 そうして、陽射しの差すほうへ顔を向けた刹那。

 私は神の存在を目にした。

 「敬虔」のすぐ隣に居合わせた、いつも信じる者の側にいた、罪ある者への正当な断罪を是正した、そんな神が、私の心を無に染めた。異様に冷たくて、不穏な風が髪をあそぶ。

 山崩地裂。崩壊と消滅を極めた都会、自然、地上そのものが塵の破片となって、無量無数に宙を舞う。棘の刺さったように地が鋭利に盛り上がり、隕石の衝突のように山が凹む。神はその中心——遥か彼方で、私たちの存在を今にも呑み込むかのように、肥大していた。皆には違う光景が見えているのかもしれない。ただ、私には聞いていた通りの見た目をした神が、私の視界を独占していた。簡単には言い表せない形。丸いようで、尖ったような。灼熱を纏うように見えて、寂れた冷たさを持っているようにも見える。無数の目の張り付いた、ゆっくりと回る円環。小さな翼がその円環の中にあって、何かを閉じ込めているようにも、包み込んでいるようにも見えた。全体が羽毛のように真っ白で、その純白さが恐怖という感情を逆撫でしている。奇妙な霧に包まれて、それはたとえ神が現実に顕れても、真髄を目視することのできない私たちを嘲笑っているかのように思えた。

「あぁ、主よ、神よ……」

 横で貧弱そうな痩せこけた男が、手にしていた小銃を落とす、ガチャリ。彼の震える瞳孔に映る神も、きっと恐ろしく、同時に本能的な好奇心を擽るものに違いない。けれど、その好奇心に従ってしまった時点で、その人のは決定している。

 ズドァンッ——。

 一発の銃声。火力の高い、小銃弾の放たれた音だった。神に皆が我に返る。銃声のほうを振り向くと、貧弱そうだった男が、蟀谷こめかみから血を迸らせてたおれていた。

「これも痛みに悶える前のだ。を前に、神に縋るんじゃねぇよ」

 眉間に山岳を作ったアドナイが、撃ち殺した男を見下す。完全に、彼は蔑んだ眼光を持っていた。軽蔑、侮蔑、その一切だ。それは同時に、彼の覚悟の表明でもあった。部下でない私たちは、事の次第に慄く。いよいよ、終わりは近い。

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