第2話いただきます2
校門を出て駅に、駅から電車で二駅、家が近づくにつれて、学校での私を知る人も減っていく。
ご近所さんも見当たらない。もう誰もいないと分かったとき――
「はぁ」
一つため息が漏れた。
さっき笑顔が引きつったときと同じ感情……最近いつもこうだ……。
私は自分の選んだ道で、自分の望んだ日々を過ごしている。
そのはずなのに……。
「なんでこんな……窮屈なんだろ……」
零すように本音を呟いた。
中学の頃はこんな感情を覚えたことはなかった。でも高校に上がった辺りから、ふと気が抜けたときに、自分が狭い空間にいるような感覚を覚えるようになっていた。
そのせいでどうも身が入らない高校生活になってしまっている。勿体ない。せっかく恵まれたポジションに座れているのだから、もっと王子様ライフを楽しむべきなのに。
……今日が金曜だから、ようやく土日の休日がくる、なんてことを考えてしまう。
「はぁ……もう家に着くし、とりあえず夕飯にしよ。お腹空いたー」
家に材料はあったはずだし、今日は自炊にしようかな。今日も仕事で帰るのが遅いと思うけど、父さんの分も作ってしまおう。
チャットで父さんに連絡を入れると、『ありがとう』とだけ返事がきた。
……迷惑じゃないといいんだけどね。
自宅のマンションに着くと、自室で着替え、早速キッチンで夕飯の準備。
料理は好きだ。なんというか、うまく作れたときの、食材との対話が成功した感じが好き。
あっという間に親子丼とサラダの完成。いつの間にか手際が良くなったものだ。
「いただきます」
味は……うん、おいしい。
……………………。
「ごちそうさまでした」
洗い物を食洗器の中に入れ、スイッチをオン。もうこれがない生活は考えられないくらい便利。いつの間にか導入してくれていた父さんには感謝しないと。
夕飯が終わったら次はお風呂。お風呂も好き。でも長風呂は昔脱水で倒れかけたから苦手。
お湯を張り、脱衣所で服を脱いで浴室に入ったら、まずは鏡前で恒例の全身チェック。
王子様たるもの、体形の緩みは言語道断! 厳しい目を鏡に映った己に向け、評価する。
ほうほう、いいじゃないか……特にこう、あんなにカッコいい私でも、脱いだら女なんだって分かるところがエッチだ……。
……鏡の中の自分が、違う意味で厳しい目を私に向けている気がする。なに考えてんだ私……。
こういうとき、変なことを考えがちな自分に嫌気がさしたけど、確認は済んだので、体を洗い、湯船に浸かる。
体がお湯に溶けていくようなこの感覚がたまらない。
あの謎の窮屈さからくる疲れも溶け出ていくようだ。
「はふぅ……」
脱力した声が漏れる。
そのとき――ふと下校時に見たあの子のことを思い出した。
どうも私は人付き合いに置いて、特別な付き合いではなく、平等な付き合いが好みな人間だったりする。こんなに特定の個人に対して関心を持つのは珍しい。
子犬のように愛らしくて、誰よりも大きく手を振り返してくれたあの子。
でもそれらは好印象には繋がっても、やっぱり気になった理由ではない。もっと他のなにか……。
「あ」
下校時は気付かなかったが、リラックスした今の状態でもう一度考えてみると、私はようやくその理由に思い至った。
「目だ」
そう、あの子が私を見る目が、他の生徒とは違った。
いや厳しい目ではないよ? キラキラした目で見てくれているまでは同じなんだよ!
だけどその奥が……うまく言葉に出来ないけど、確かに違っていた。
「うーん……」
どうにか言葉にしようと、思考を巡らせる。
「やば、これ以上はのぼせる!」
長湯し過ぎてしまった……。
お風呂から上がり、髪も乾かし終わった。夜も更けてきたなぁなんて思っていると、玄関から音がした。父さんが帰ってきたみたいだ。
「おかえり」
「うん、ただいま」
「連絡したけど、夕飯作ったから温めて食べてね」
「ありがとう。でも、無理しなくていいんだよ?」
「……料理は好きだから大丈夫。今日もお疲れ様」
「うん」
軽く言葉を交わし、私は自室に向かう。疲れてそうだから、私を気にせずに休んでほしい。
……あと、普段から会話が少ないから、一緒の空間がちょっと気まずい。忙しいみたいだから仕方ないんだけどね。
部屋に入ると、良く言えばシンプル、悪く言えば面白味のない自室が広がる。女の子なのにぬいぐるみの一つもないけど、あったらなんかカッコよくないからこれでいい。
机に向かい、予習復習をこなしていたら、いつの間にかもう就寝時。
ベッドに横になり、目を閉じる。
「うーん……目が違ったのは間違いないんだけど……」
実のところ、私はお風呂を上がってからも、何度も何度もあの子のことを考えてしまっていた。
目までは分かっても、やっぱりそこに秘められたなにかを言葉にすることができない。
でも、一つ分かったことがある。
それは――私があの子に惹かれているってこと。
「また会えるかな……」
眠りに落ちる手前、私はそう呟いた。
いつの間にか、月曜が待ち遠しくなっていた。
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