第二話 希望と絶望
***
【キメラ・ペトラルナ】
本来なら第四ステージのボスモンスター。
それが、なぜチュートリアルに出てくる――?
「おいおい……嘘だろ」
俺の都合もお構い無しに、ペトラルナが突然鋭い爪の付いた腕を振る。
爪の衝撃波を紙一重でかわし、こちらも応戦、と呪文を詠唱して氷の矢を放つ。
着弾。だが、ペトラルナの上に表示されている体力ゲージはびくともしない。
表示はまだ四本。――すべて削りきれば勝利。たったそれだけのはずなのに。
ペトラルナの喉奥が赤く光る。
ブレス攻撃――!
防御姿勢を取った瞬間、奴は頭を勢いよく振り、軌道を変えた。ブレスと同時に放たれた爪の衝撃波が盾を弾き飛ばし、続くブレスが俺の体に直撃する。灼熱が肌を焼いた。
「っぐ……!」
ゲームでは、こんな攻撃、なかった。
まさか――強化されている……?
胸に浮かんだ恐怖を、無理やり押し込める。考えるな。今は奴を倒すことだけを考えろ。
頭の中で、ペトラルナを倒すための作戦を組み立てる。
奴の基本的な攻撃は三つ。炎のブレス、爪の斬撃、衝撃波、そしてあのコンボ攻撃。
背中のヤギがデバフを撒くのはゲージの三本目から――そこまではなんとしてでも耐えろ、俺!!
大丈夫だ。何度も、何度も戦ってきた。
今度こそ――勝つ!
「
氷をまとった剣が、閃光のように背後を薙ぐ。
見慣れた光景だ。何百回と繰り返してきた戦い。そう思っていた。でも、違った。その光景は、正真正銘、画面の中の勇者が見ているものだった。
どこからか、そんな感動に似た、そして、喜びにも似た感情に気付く。その感情を振り切るように、ペトラルナに特大の一撃をお見舞いする。
残りゲージ二本。息を切らすな。裏へ回れ。速度を上げろ。魔力を、振り絞れ――!
ペトラルナがこちらを振り向く。だが遅い。
氷の刃がヤギの顔を叩き割る。ゲージが削れ、赤く点滅する。残り一本。
「……終わりだ」
最後の一撃を放つ。
勝った――、そう確信した瞬間――ヘビの頭が俺の首に噛みついた。
すぐに切り裂いたが遅かった。麻痺毒が全身を這う。指一本、動かない。
なぜ――まだ、こんな攻撃を……?
「くっ……そっ……!」
視界が滲む。
あぁ、また負けるのか。
また、ここで。
ペトラルナがトドメを刺そうと俺の方に向き直る。
「……すまない、友奈。俺のせいで――」
「待ちなさいよ!」
扉の方から声が響く。
ペトラルナの視線が、意識が、そちらへ向いた。
何度も、何度も聞いてきた声。
俺が、何度も何度も救われてきた、その声。
あぁ、また――君に救われるのか。
死のその瞬間まで、俺は――。
「ありがとう、友奈」
ペトラルナの身体が砕け散る。
氷の粒が空に舞い、世界が静かになる。
その光景は、最期にどこか相応しい、美しいものだった。
俺はそのまま、膝から崩れ落ちた。
遠ざかる意識の中で、友奈の叫びが聞こえる。
これが、死か――。
後悔は、ある。けれど、それでも。
彼女を守れた。それだけで、ほんの少し、救われた気がした。
――目の前に、赤い画面が現れる。
【【GAME OVER】
ペナルティとして、1時間が没収されます】
***
転移したときと同じような、強い光が視界を焼く。
次の瞬間、俺は――あの石の扉の前に立っていた。
「……生きて、る?」
思わず自分の身体をペタペタと触る。手足は動く。呼吸もできる。
良かった、生きてる。しかし俺、さっきまで死を覚悟してたっていうのに、このザマだ。
だが、安心したのも束の間、すぐに別の問題が。
「――友奈は!?」
慌てて扉を開け放つ。胸が凍る。
もし、俺のせいで――。
……その心配は杞憂に終わった。
友奈は無事だった。
ただ、俺が倒れていたあたりで、肩を震わせて泣いていた。
「ど、ど、どうしました友奈さん!!」
駆け寄ると、友奈は驚き、そして一瞬だけ笑顔を見せたあと、怒った顔に戻る。
……今の顔、写真に撮りたかったな。
「なにカッコつけて死んでんのよ、秋!!」
「いや〜ごめんごめん! でも、現実でも死ぬ系のデスゲームじゃなくて助かったよ〜」
「助かったよ〜、じゃないの!! もし本当に死んでたら……!」
友奈が握り拳で近づいてくる。
「ぐ、ぐりぐりはやめてっ!!」
「ぐりぐり〜〜!!」
頬を押され、涙目になる。
可愛い顔なのに力だけは容赦ない。
「でも、俺のために泣いてくれるなんてねぇ〜。俺はなんて幸せ者なんだろうか」
軽口を叩きながら逃げ回る。だが、すぐに捕まる。
「ば、ばかっ! 泣いてなんかないわよ! ……そ、そういえば、あのモンスター倒したおかげでお金、すっごくもらえたのよ!」
空中に大きな丸を描くように友奈がジェスチャーをする。
――倒したの、俺なんだけどね。
「RPGあるあるだね。さて、そろそろ先に進もうか」
「そうね。一刻も早く現実に戻りたいし」
振り返った友奈の笑顔に、胸の奥が痛む。
彼女はまだ知らない。この世界から出るための唯一の方法、魔王を倒す。それがほぼ不可能な難易度であることを。
「な〜にその顔。秋の無茶に付き合わされるのなんて、今に始まったことじゃないでしょ?さっさと魔王でもなんでも倒して、元の世界に帰るわよ」
呆れたように笑う友奈。
ごめん。
――どうして君は、そんなに強いんだ。
いや、違うか。だからこそ――いま言うべき言葉は謝罪じゃない。
「ありがとう、友奈」
精一杯の笑顔で言う。
友奈が瞼を閉じる。一秒も経っていないのに、その時間が永遠のように感じた。
「どういたしまして」
ムスッとしながらも、ちゃんと返してくれる。
ワープゲートが輝きを増す中、俺たちは並んで歩き出した。
***
「わぁ……きれい……」
ゲートの先、友奈が感嘆の声を漏らす。
そこは王城だった。赤い絨毯、金の装飾、まぶしいほどの光。ほこりの一つもない。
ゲームのエンディングみたいな光景だ。
「まるで別世界だな……」
つい口にしたら、友奈が呆れた顔で言う。
「何言ってんの、ホントに別世界じゃない」
玉座への階段を上りながら、友奈が首を傾げる。
「ところで、なんで王城の地下なんかにボス部屋があるわけ?」
「まぁそれはゲームのストーリー的に仕方ない構造なんだよ。地下の魔物を倒して、王様から認められるってストーリーなんだ」
「じゃあ次は王様に会う感じ?」
「そうそう。俺もいつもここはスキップしてたから、ちゃんと見るの、久しぶりだな」
RTA勢としてはぜひとも壁抜けしたい気分だったが、今回はちゃんとプレイするのも悪くない。
「そういえばさ、この“カウント”って結局何なんだろう?」
「知らないわよ。私に聞かないで」
NPCからも、反応はないし、俺達にしか見えていないのだろう。
そんな会話をしているうちに、玉座の間に着いた。
そこには、立派な髭を蓄えた老王――プリム王国の王がいた。
「よくぞやった、二人とも。お主たちを勇者と認めよう」
俺と友奈は跪く。
「顔を上げよ、勇者たちよ。魔王を討ち、この世界に平和をもたらすのだ」
顔を上げ、緊張で声が震える。
「お任せください、王様」
横でクスッと笑った友奈に、小さな怒りと安心が同時に込み上げた。
***
「……おいしい」
友奈がボソリと呟く。
そして、感動したような表情になり、言う。
「味が、するわ」
「ホントだ……!!しっかりおいしい……」
俺も思わず感嘆の声を漏らす。
今、俺達は王城にある貴族専用のレストランで食事をしていた。王国の勇者にもなると、こんな贅沢もできるのか、と喜んでいたのも束の間、ここで一つ疑問が。
「味は……するのだろうか?」
恐れるように、ソッと呟いた。そしてその言葉に、過剰に反応した者がいた。友奈だ。
「ええっ!?味しないの!?そんなの、生きる意味の半分を失ったものじゃない!!もしかして、激辛も!?」
そうだった。友奈は相当の愛食家で、中でも激辛料理を好物としている。
その激辛の醍醐味が失われるのだから、それは残念がるだろう。
「いや、そう決まったわけじゃないけどさ! もし魂だけ来てて体は向こうにあるなら味しないかも。でも絶対、体ごと来てるって! 味もする、たぶん!」
そう言っても、友奈の表情は曇ったままだ。
そうして、ほとんど覚悟を決めて食事に挑んだのだが――
「おいしいね〜」
俺が料理を夢中で食べながら言う。そう、理屈は分からないが――結局は体ごとこっちに来ているのであろう、味がしたのだ。友奈がやっと落ち着きを取り戻してこう言う。
「ところで、これから私達は何をすることになるの?」
「そうだね……基本的にはそれぞれのフロアのボスを倒して、次のフロアに進んでいくんだ。全十フロアあって、十フロア目にいる魔王を倒すことが目的だね」
「十フロア……道のりは長いわね」
すぐに無くなった料理の皿を見て、少し名残惜しい気持ちになる。が、そのまま居座り続けるわけにも行かず、王様が用意してくれた客室に二人並んで向かう。
「それにしても、長かったわね〜王様の話」
客室に戻るなり、友奈がベッドに倒れ込む。
俺たちが使っているのは、王様から貸してもらった特別室だ。
「でも、立派な部屋だし感謝しないとな」
「それもそうね……。ところで、さっき王様が言ってた“魔王の開発した生物爆弾”ってあったじゃない」
中々唐突に、友奈が言う。余程気になっているようだった。そんな友奈を安心させるために穏やかに言う。
「あれは、最終盤で出てくるイベントだったはず。だから今はまだ心配しなくてもいいと思うよ」
「ふぅん……」
どこか腑に落ちない顔。でも、俺も疲れすぎて考える余裕がなかった。
「もう寝ようか」
「そうね。じゃ、私はあっちの部屋で――」
「え、一緒に寝ないの?」
「殺すわよ?」
その形相、たぶん一生忘れない。
友奈がいなくなった後、ベッドに横たわり、天井を見つめる。
この世界は本当に『クロノ・クロニクル』なのか。
そして、頭上に浮かぶカウントは何を意味している?
……いや、考えても仕方ない。
俺のやるべきことは一つ。
友奈を、最速で現実に帰す。
そのためなら――何度でも戦う。
目を閉じると、カウントは静かに進んでいた。
残り:24:25:41
***
「ね、寝すぎた!!」
目を覚ますと、カウントはゼロ寸前。
まさか……24時間も寝てた!?
「秋っ!」
寝間着姿の友奈が駆け込んできた。
……寝起きでも可愛いとか、反則でしょ。
そんなことを思いながらも、意識はカウントに向いてしまう。
「もうすぐ――」
「うん。カウント、ゼロになる」
二人でお互いの頭上を見合う。
鼓動が早くなる。
5、4、3、2、1――
世界が、白く弾けた。
***
「……え?」
気づけば、俺たちは――あの部屋にいた。
正面には巨大な扉。そう、あのボス部屋。
まさか――また?
「秋、これって……?」
「いや、ゲームにこんなシステム――」
赤いウィンドウが目の前に浮かぶ。
【72時間以内に魔王を討伐してください】
【失敗した場合、セーブ地点まで初期化されます】
【残り時間:71(時間):59(分):59(秒)】
息を呑む。
俺たちを待ち受けていたのは、最速以上の絶望だった。
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