第22話「校外学習、密やかな共闘」

陣代高校の生徒たちを乗せたバスは、郊外の公園へと向かっていた。窓から流れていく景色を、宗介は黙って見つめていた。彼の脳内では、すでに任務が始まっている。

(窓外の風景は、偵察ポイントの確認。先生の点呼は、司令官の暗号確認…)

彼は、周囲の生徒たちの楽しげな会話にも耳を傾ける。


「おい、宗介。お前、遠足とか行ったことあんのか?」

クルツの軽口に、宗介は静かに答える。

「遠足…? ああ、戦闘訓練の一環で、長距離行軍は経験している」

「いや、そうじゃねーって! もっとこう、楽しいやつ! 要と一緒に弁当とか食ったり…」

クルツの言葉に、要は顔を赤くする。

「な、何を言ってるのよ、クルツ!」

バスの車内が、クルツと要のやり取りで騒がしくなる。

「静かにしろ! ここはバスの中だぞ!」

先生の怒鳴り声が響く。

(…敵兵士への威嚇射撃か…?)

宗介は、二人のやり取りに、かすかな違和感を覚えた。


快晴の空の下、陣代高校の生徒たちは、校外学習で訪れた郊外の公園で、賑やかな声をあげていた。風が、青々とした芝生を撫で、草花の匂いが、宗介の鼻腔をくすぐる。遠くで、子供たちが笑いながら、シャボン玉を追いかけている。そのすべてが、宗介の視覚、聴覚、嗅覚を刺激し、彼の脳内のベクトルを、新たな分析へと向かわせる。


宗介は、任務で少し遅刻して合流した。

(バスの点呼…これは、捕虜確認の儀式か…?)

(弁当を分け合う…これは、戦闘糧食の配給か…?)

(芝生の上で寝転ぶ子供…これは、敵の待ち伏せ要員か…?)

彼の心は、いつ、その平和が破られるかという不安で満ちていた。宗介のベクトルは、要たちを、この日常という名の「戦場」から守ることに集中していた。


「宗介! 遅いよ!」


要の苛立ちが混じった声が、宗介の耳に届く。宗介は、要の顔を見て、一瞬、思考が止まる。

(彼女の顔に、疲労のベクトルが刻まれている。しかし、その瞳には、自信が宿っている…)

宗介の脳内のベクトルは、要の表情の必然性を探ろうと暴走し始める。


『彼女は、私がいない間に、何かを経験した…?彼女の表情は、任務を成功させた兵士のものだ。しかし、彼女は、戦場にはいない。ならば、彼女は、この日常という名の「戦場」で、私には理解できない、何かを成し遂げたのか…?』


宗介は、要の言葉に、何も答えることができなかった。彼の心に、要に対する、新たな違和感が生まれた。それは、要が、「守られるだけの存在」ではないという感情の助走だった。


その時、校外学習の生徒たちが、ある事件に巻き込まれた。

「大変だ!美術部の高田くんの描いた絵が、なくなってる!」


事件が起こる直前、宗介は、一人の美術部員が、スケッチブックに向かっているのを見ていた。彼は、公園の風景を描いていたが、その絵には、木漏れ日や、鳩の群れが、細かく描写されていた。

(…木漏れ日、鳩の群れ…これは、光と影、そして、空からの通信を意味する暗号通信の隠喩か…?)

宗介は、そう誤解していた。その絵が、何者かに盗まれる瞬間、宗介の五感は、鋭敏に反応した。

「すれ違いの一瞬…」「微かな風の違和感…」

宗介の脳内のベクトルは、この些細な事件を、「テロリストによる盗聴作戦」と再解釈した。宗介は、犯人を追うべきだと、直感的に理解した。


しかし、要は、宗介を制止した。

「宗介、待って。私たちだけで、解決しよう」

要の声には、宗介への依存ではなく、自分たちで解決するという、強い意志がこもっていた。宗介は、要の言葉に、再び、違和感を覚えた。


(なぜだ…?彼女は、私の助けを必要としない…?それは、私の存在意義を否定する…!)


宗介の心に、葛藤が生まれた。彼の論理は、自分が、この事件を解決することが、最も合理的な判断であることを示していた。しかし、彼の心は、要の言葉に、従いたいと願っていた。その摩擦熱が、彼の心に、深い苦悩の温度を生み出していた。


宗介は、要の言葉に従い、事件の解決を、彼女たちに任せた。

「盗聴器は、この絵に隠されている…」

クルツが、絵に描かれた不思議な模様を、暗号だと推理する。

「違うわよ、クルツ!これは、高田くんが飼ってる犬の絵なのよ!」

マオが、クルツのボケに、鋭くツッコミを入れる。

「…いや、待てよ。犬の絵に、盗聴器を仕掛ける…それは、盲点だった!」

クルツの的外れな推理に、他のクラスメイトも「それ、忍者の隠しメッセージじゃ?」「いや、宇宙人からの暗号だよ!」と参戦し、推理合戦は、一瞬にしてカオス状態となった。宗介は、その光景を、真顔で頷きながら見ていた。

(真実に近いかもしれん…)

彼らは、宗介の助けを借りることなく、自分たちの力で、事件を解決した。犯人は、盗聴器を仕掛けようとしていた、ただのいたずらっ子だった。


宗介は、その光景を、一人、静かに見ていた。

彼の心は、安堵と、そして、言いようのない虚しさで満ちていた。

彼は、要たちの成長を、心から喜んでいた。しかし、同時に、彼らの成長が、自分の存在意義を否定しているような気がしていた。宗介の心に、「守られるだけの存在」ではない、要たちの新たな姿が、深く刻み込まれた。それは、宗介が、「護衛対象」と「人間」の間で葛藤する、新たな感情の助走となった。


解決後、生徒たちは、ピクニックを再開した。焼きそばの香ばしい匂い、唐揚げの熱い温度、そして、要が作った卵焼きの優しい味。宗介は、そのすべてを、ただの「兵糧」と認識していた。

(要が作った卵焼き…戦場での栄養補給か…)

宗介は、その光景を、ただ見つめていた。彼の心は、「俺は、彼女たちを守ったのか? それとも、見守っただけなのか?」という自己問答を繰り返していた。


この一件は、宗介が、要たちの「成長」を感じ、「守られるだけではない」という新たな視点を得る、重要な必然性となった。そして、この必然性が、今後の二人の関係を、より複雑で豊かなものへと導いていく。

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