[はやボク] 1-7.彼女がいない日の昼休み

 今日は珍しく、ソラがいない。

 どうやら朝から少し体調が悪かったらしく、保健室に寄ってそのまま早退したらしい。

 そういえば、時々怠そうにしてることがあったけど……何か関係あるのかな。

 まあ、お昼を一人で過ごせるのは久しぶりかも。

 そうだ、今日は購買部でハムたまマヨパンでも買って、人気ひとけのない階段の踊り場でのんびり食べよう――

 そう思って、誰もいない教室で椅子を引いたそのときだった。

「お昼の時間ですね、ステア、起動しました!」

「ぅおうっ」

 教室の隅の空間に、スッと現れる丸い光。その中心から、ゆるやかに人型のホログラムが現れた。

 ああ、そうだった。

 この学校では、特別支援対象生徒にスマートグラスが貸与され、サポートナビゲーターAIがついてるんだった。すっかり忘れてた。

「お食事の前に、少しだけアドバイスタイムいただきますね」

「その前にステア、君は誰に許可を取って出てきたの?」

「あなたの起動要請を認識したのですが、自覚はございませんか?」

「……無いよ」

「おかしいですね? あなたの心が誰かを欲していたのですが……」

 なんだそりゃ? そうだとしても、それは起動要請って言わないだろ。

「ちなみに昨日のソラさんとの会話時間は六七分五二秒。あなたの笑顔指数3.4、心拍変動は微増。 感情データとしては有意な関連性が見られます」

「な、なに勝手に分析してるんだ。というか、笑顔指数って何?」

「ソラさんがいらっしゃらない日は、ちょっと退屈ですよね~?」

「いや、別に……退屈とか、そういうのは……無いけど……」

「ではハムたまマヨパンをどうぞ! あなたの今日の活動量に対してのカロリーと糖質は基準値を大幅にオーバーしてしまいますが、心の栄養にはバッチリです!」

「ちょっ……なんで持ってるの? ハムたまマヨパン」

「購買部にて先ほど確保しました。もちろんあなたの嗜好に合わせたチョイスです!」

 何そのドヤ顔?

 いや、ボクはハムたまマヨパン依存症とかじゃないし。

 まあ、たしかに美味しいけれども。

「本日はおひとり様ランチとなる可能性が高いと予測されたため、事前に《心のスキマおせっかいプラン》を自動適用しております!」

「どんなプランなの、それ」

「誰かと一緒に食べると、ハムたまマヨパンもいつもの1.414倍美味しく感じられるのですが……」

「……あのね、そもそもボクは、別に誰かと一緒に食べたいとか思ってないから」

「そうなんですね! では《孤独防衛シールド》を再構築しておきます!」

「いや、ちょっと待って。なんか今、軽くディスられた気がするんですけど?」

「それはつまり、あなたは《誰とも関わらなくていい》って思ってるけど、時々誰かと話すのも悪くないかもって思う瞬間がある、といった感覚があるということでしょうか?」

「言ってません、それ、せんぜん言ってませんから!」

 うっかり本音を代弁されたみたいでつい声が裏返る。

「では今日の記録をクラウドのデータベースに保存しますね。《ハムたまマヨパンと共にほんのり心開く》っと」

 ごめんなさい。お願いだから記録しないで差し上げて。

 ステアはニコニコと微笑みながら、勝手に目の前の空間に《記録完了》とか表示を出してる。ああもう、この余計なおせっかいAIめ。

 でも……まあ、今日はいいか。食べ終わったら消えてくれるらしいし。

「じゃあ、ハムたまマヨパン、半分こする?」

「ありがとうございます! でも残念ながら、私はプログラムソフトウェアなので食べられません」

 ですよねー。

 ……はぁ、ほんと、なんなんだろう。この学校、いろいろ変だ。

 でも、少しだけ。ほんの少しだけ、今日は気分が良かったかも。

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