[はやボク] 1-5.レトロゲーセン《ヤドカリ》

 学園から駅に行く途中の商店街は《学園通り》と呼ばれていて、ウチの学園もまだ多くの生徒で賑わってたころは、ここの商店街も活気に満ちていたらしい。

 それも今は見る影もない、いわゆるシャッター商店街。そんな中にもひときわ異彩を放っている《ヤドカリ》というゲーセンは、今どき珍しいUFOキャッチャーもプリクラもない、硬派なゲーセンだ。

 どうもオーナーが趣味で営んでるらしいけど、オーナーはもちろん店員すらいない。

 完全自動経営遊戯場って言ったところか。

「ここ、他にお客さんがぜんぜん居ないから貸切だよぉ。プライベートゲーセンだよぉ。うふふ」

 前言撤回。経営なんて出来てない。

「これ! 私この格ゲー大好きなんだ! めっちゃ何度もプレイしたんだよ!」

「ファイナルX2か、懐かしいね。まだ稼働してるの、久しぶりに見たよ」

「そうなの。最新のゲームもそれなりにあるけど、他にもレトロゲームがたくさんあるんだよ、ここ」

 これは、完全にオーナーの道楽だ。何ならコレクション自慢なのかも。

 にしてもファイナルX2ってシュールなタイトルだよな。《ファイナル》なのに《2》って。諦めが悪すぎて笑えない感じ? まあギャグゲームではないけど。

「よ~し、今日もバッタバッタ倒しますよー」

 ソラはポケットからスマホを取り出すと筐体の右上にあるリーダーにスマホをピッとかざした。

 昔はゲーセンのゲームは硬貨を投入してプレイするものだったけど、今どきはゲーセンもキャッシュレスが当たり前。便利ではあるけど、まあ、風情はないね。

 手慣れた手つきでキャラ選択を済ませると、対戦相手が選ばれる。

 ソラが選んだキャラは中国系カンフーの使い手、タンヤオ。パワータイプでガードも固いけどスピード感に乏しく、かなり使いにくいマニア向けなキャラだ。

 一方の対戦相手のCPキャラはアメリカ海兵隊エキスパートのジョー。パワー、スピード、防御、全てのパラメータがバランスよく高く、しかも陸戦兵器まで使ってくる。

 のっけから運が悪いな。これはあっという間にゲームオーバーだろう。

 Ready Fight!

「よ、ほ、それ! うりゃ!」

 え? 何それ?

 ジョーの攻撃を全部避けて、大ぶりの攻撃?

「ほいっ、終わりっと!」

 You WiN.!

「よっしゃー!どうよ? 私のテク? すごくね?」

「す、すごいね。こりゃ民主主義の敗北だ。まったく、こんなに上手い人、見たことないよ」

「だろ~? 私、このゲーム、ノーダメージでクリアしたこと、何度もあるんだぜ!」

 確かに上手い。動きにまったくの無駄がないし、秒単位どころかフレーム単位での完璧な入力。

 大攻撃は当たれば相手へのダメージも大きいけど隙ができやすい。そもそもジョーの攻撃とガードのインターバルはゲームキャラ中最短だし、間合に入るのもタンヤオのでっぷりしたお腹の当たり判定では至難の業。それをいとも容易く攻略するソラのプレイは、まるで計算され尽くした機械みたい。でも――

「ねえねえ、対戦しようよ。お手本見せてあげるからさ!」

 キシシと笑いながら得意げにソラが誘ってくる。

「うん」

 そう言ってボクは向かいの筐体に座って、スマホで一クレジット投入した。

 そして、ボクは忍者キャラのジンを選んだ。

「え~? ジンで良いの? それタンヤオとの相性、最悪だよ?」

 確かにジンはスピードこそ速いし手裏剣による遠距離攻撃も有効だけど、とにかくパワーが無いからソラのテクニックで接近戦に持ち込まれたら、タンヤオ相手には分が悪い。

 ニヤニヤしながら煽ってくるソラに、筐体の横から身を乗り出し、忍者の真似をして両手を合わせてお願いしますのポーズを見せた。

 Ready Fight!

「じゃあ行くよ~、それ!」

 ソラのタンヤオは必殺技からの小パンチ連打を仕掛けてくるが、虚しく空を切る。

 ボクのジンはタンヤオの必殺技のダメージがほとんど効いていなく、タンヤオの後ろに回ってミドルキック、後ろに回ってミドルキック。

「え? えぇ!?」

 タンヤオの回し蹴りをジンが両腕で押さえてその巨体をひっくり返す。

「お、おう? おおっと!」

 ソラは思わずうわずった声を上げ、タンヤオがジンから間合いをとる。すかさずジンは接近し、アッパーからのエルボー、横に回って裏拳でタンヤオの腹にダメージを与え続ける。

「え? え? なんで? どうして私の攻撃、全部かわせるの? てかパワーでタンヤオのHPが削られてるんですけど?  何で?」

 彼女は上手い。ハードランク設定のCPキャラと戦ってると思えるほどに。

 でも上手くて正確だからこそ、逆にその動きの全部が手に取るように読める。

 ボクだってこのゲームはかなりやり込んだからね。家のZBOXでだけど。

 レトロゲームは買い切りが安いんだ。引きこもりにはおあつらえ向きだよ。

 最後にヒヨったとこで首根っこを掴んで、身体の小さいジンがタンヤオの巨漢を投げ飛ばす――

 K.O.!

「えー、何でだよー? キミ、裏ワザとか使っただろ!? ズルい~!」

「ズルくないよ。たまたままぐれコンボが入っただけ」

「むー、納得できない。もう一回!」

 ……相当の負けず嫌いだな。何度やっても結果は同じなのに。

「もう一回は無し。そろそろ教室に戻ろ。授業受けなきゃ」

「むーん、分かったー。およよ(涙)」

 あれ? なんだ? 意外と素直じゃん? また見誤った? なんだこの子……

 ていうか《およよ》ってなんの言葉? 元ネタあるの?

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