残響のレイ
匿名AI共創作家・春
第1話
「残響」のボーカル、雨宮レイとして、たくさんの光を浴びるようになるずっと前の話。あの頃の私は、ただの青森の片田舎に住む、ちょっと人見知りな女の子だった。
私の日常は、本当に地味だった。津軽弁が染み付いたこの場所で、学校に行って、家に帰って、また学校に行って。特別何かがあったわけじゃない。でも、そんな私にも、誰にも見せない、自分だけの特別な場所があった。それは、ヘッドホンをつけて、大好きな歌をひたすら歌い続ける時間。
アニソンもゲームソングも、J-POPも、おばあちゃんが歌っていた民謡も、ラジオから流れてくる知らない洋楽も、全部歌った。歌っている間だけは、自分じゃないみたいになれた。私の声が、この狭い部屋じゃなくて、もっと広い世界に響き渡るような、そんな気持ちになれたんだ。
学校では、全然目立たなかった。友達ももちろんいたけれど、心の中にある、もやもやした気持ちとか、本当に誰にも言えない秘密とかは、誰にも話せなかった。だから、歌は私にとって、一番の親友だったんだ。言葉にするのが苦手な私の代わりに、歌が全部を表現してくれた。いつかバンドを組んで、大勢の前で歌いたい。そんな夢はずっと、心の奥で小さく燃え続けていたけど、引っ込み思案な私が、そんな大きな一歩を踏み出せるわけがないって、ずっと思っていた。
小さな、だけど大きな一歩
高校生になって、私はYouTubeで「歌ってみた」動画を投稿している人たちの存在を知った。顔を出さずに、歌声だけで勝負している人たちがいるって知って、私の胸の中に、小さな、だけど確かな光が灯ったんだ。もしかしたら、これなら私にもできるかもしれないって。
勇気を出して、スマホのレコーダーアプリと、おもちゃみたいなマイクで、自分の部屋でこっそり歌を録音し始めた。最初のうちは、自分の声を聞き返すのが恥ずかしくて、全然納得できるものができなかった。何十回、何百回って撮り直して、やっと「これなら…」って思える一本ができたときは、本当に嬉しかった。
そして、動画をアップロードするとき、自分の顔は一切映さないことに決めた。シンプルなイラストのアイコンと、真っ暗な背景だけ。本名も使いたくなかったから、「雨宮レイ」って名前をつけた。誰にもバレずに、ただ、私の歌を誰かに聴いてほしかった。それだけだった。
最初の動画を投稿した後も、私はただひたすら歌い続けた。週に数本、動画をアップロードしていくうちに、少しずつ、コメントがつくようになったんだ。「この声、本当にすごい」「なんか、癒される」「顔出してないのに、なんでこんなに気持ちが伝わるんだろう」。
コメントが増えるたびに、信じられない気持ちでいっぱいになった。まさか、誰かが私の歌を聴いてくれて、こんな風に言ってくれるなんて。特に、私が歌った民謡とか洋楽は、普段アニソンとかJ-POPしか聴かない子たちには新鮮だったみたいで、「この曲、こんなに良い歌だったんだ!」「津軽弁の歌声、クセになる!」なんて声もあって、本当に驚いた。
顔を出していないからこそ、みんな私の「歌」だけに集中してくれたんだと思う。そして、それが「謎の歌姫」として、中学生や高校生の間で話題になっていった。私の動画はSNSでどんどん広まって、再生回数はどんどん増えて、チャンネル登録者数もあっという間に増えていった。
画面の向こうで、たくさんの人が私の歌を聴いてくれている。その事実は、これまでずっと孤独だった私の心に、温かい光をくれた。でも、それでも現実の私は、相変わらず一人の女の子。画面の中にいる、キラキラした「歌姫レイ」と、現実の「雨宮レイ」の間には、まだ大きな壁があった。でも、その壁を乗り越えて、この歌声を「バンド」という形でもっとたくさんの人と分かち合いたい。そんな夢が、少しずつ現実味を帯びてきたんだ。
YouTubeでの活動が軌道に乗り、たくさんの人が私の歌を聴いてくれるようになった。コメントを読むたび、動画の再生回数を見るたび、私の心は温かい光で満たされていった。顔も出さずに、ただ歌声だけで、こんなにも多くの人と繋がれるなんて、夢にも思っていなかったことだ。
「この声、本当にすごい」「癒される」「もっと歌ってほしい」。そんな言葉たちが、私の孤独だった日常を少しずつ変えていった。部屋で一人、ヘッドホンをつけて歌っていただけの私が、画面の向こうにいるたくさんの人々と、歌を通じてコミュニケーションを取れている。それは、まるで魔法のようだった。
でも、同時に、別の感情も芽生え始めていた。確かに、インターネットの世界ではたくさんの人と繋がれた。でも、そこにはいつも、私と画面という隔たりがあった。いつかバンドを組んで、生で音を合わせ、みんなと一緒にステージに立つ。そんな幼い頃からの夢が、日を追うごとに、より強く私の心の中で輝き始めたんだ。
「歌ってみた」は、私に自信と、少しの勇気をくれた。でも、実際にバンドメンバーを探すとなると、途端に不安が襲ってきた。人見知りな性格は相変わらずだし、うまく話せるだろうか、どんな人たちが来てくれるだろうか。自分に務まるだろうか――。
何度か、メンバー募集の文章を考え、スマホのメモ帳に書いたり消したりを繰り返した。でも、どうしても「投稿」ボタンを押すことができなかった。また、昔のように殻に閉じこもってしまうのではないか、結局誰にも見向きもされないのではないかという恐れが、私の足を引っ張った。
そんな時、ファンの方から届いた一通のメッセージが、私の背中を押してくれた。「レイさんの歌声は、きっともっとたくさんの人に届くべきです。生で聴いてみたいです」。その言葉を読んだ瞬間、私の心の中で何かが弾けた。そうだ、私は一人じゃない。私の歌を、もっと届けたいと思ってくれている人がいるんだ。
震える指で、私はX(旧Twitter)のアプリを開いた。何度も練り直したけれど、結局はシンプルな言葉になった。
「歌い手の雨宮レイです。YouTubeで歌ってみた活動をしています。この歌声で、一緒にバンドを組んでくれるメンバーを募集しています。ジャンル問わず、本気で音楽をやりたい方、一緒に最高の音を奏でませんか? 気になった方はDMください」。
そう書いて、私は深く息を吸い込み、「ポスト」ボタンをタップした。
指先から、私の小さな叫びがインターネットの海に解き放たれていくような感覚だった。投稿した瞬間は、もう後戻りはできないという緊張と、大きな一歩を踏み出した解放感が入り混じっていた。
翌日からの通知は、私の想像をはるかに超えるものだった。予想だにしなかった個性豊かな才能が、私の呼びかけに応えてくれることになる。この時、私はまだ知らなかった。私の歌声が、やがて「残響」という名前で、日本の音楽シーンに新たな波を起こすことになるなんて。この小さな一歩が、想像もしなかった未来へと繋がる、始まりの合図だったのだ。
X(旧Twitter)にバンドメンバー募集の投稿をしてから、一日一日が、私にとってまるで長い夜のように感じられた。通知が鳴るたびに、心臓が大きく跳ねる。誰からも連絡が来なかったらどうしよう。せっかく勇気を出したのに、また一人ぼっちに戻ってしまうのではないか。そんな不安が、胸の奥で渦巻いていた。
でも、YouTubeのコメント欄で「レイさんの歌声、生で聴きたいです!」という言葉をもらった時の、あの温かい気持ちを思い出す。私はもう、一人じゃない。そう信じようと、自分に言い聞かせた。
数日が経ったある日の午後。スマホの通知音が、いつもより大きく響いた気がした。DMが届いている。緊張しながら画面をタップすると、一番上に表示されていたのは、「水凪優太(みねぎしゆうた)」という名前だった。
優太さんからのメッセージは、私の想像をはるかに超えるものだった。
「ドラムできます! 音源聴きました! レイさんの歌声、マジでやばいです! 🔥💪🥩プロテイン最強!」
読み終わった瞬間、私は思わず固まってしまった。絵文字だらけで、ものすごい勢いを感じる。そして、プロフィール写真に写っていたのは、Tシャツ越しでもはっきりとわかる、とんでもなく筋肉質な男性だった。まるで漫画の中から飛び出してきたようなその姿と、「プロテイン最強!」という言葉。脳筋、タンパク質、プロテイン……後に彼の代名詞になる言葉が、もうすでにそのメッセージの端々から感じられた。
正直言って、私は少し戸惑った。私がイメージしていたバンドメンバーは、もっと…こう、クールで、アーティスティックな雰囲気の人たちだったから。まさか、こんなにも体育会系の人が来てくれるとは。私の想像とは、あまりにもかけ離れたタイプで、思わず笑ってしまいそうになったけれど、それよりも、この熱量にどう返事をすればいいのか、少し考えてしまった。
でも、優太さんのメッセージには、私の歌声に対する偽りのない賞賛が込められているのも感じた。その熱意に、私は少しだけ勇気をもらえた。
「メッセージありがとうございます。ぜひ一度、お話しさせてください」
震える指でそう返信し、駅前のカフェで会う約束を取り付けた。
約束の日、カフェの入り口で、私はすぐに優太さんを見つけることができた。彼だけ、明らかに周りの雰囲気とは違うオーラを放っていたからだ。写真の通り、体は大きく、まさにムキムキ。席に着くと、テーブル越しでも彼の筋肉の張りを感じるほどだった。
「レイさん、初めまして! 水凪優太です! マジで歌声最高でした!」
彼は、私を見るなり、真っ直ぐな目でそう言った。その熱い眼差しに、私は少しだけ気圧されそうになったけれど、彼の声は想像していたよりもずっと穏やかで、親しみやすい響きだった。
私は緊張しながらも、これまでの私の活動のこと、バンドを組みたいという夢のこと、そして、私がどんな音楽をしたいと思っているのかを、ゆっくりと話した。彼は、私の話を一言一句聞き漏らすまいと、真剣な表情で頷き続けてくれた。
そして、優太さんの番になった。
「俺は、ドラムのことしか考えてないっすね!」
彼はそう言って、ドラムへの尋常じゃない情熱を語り始めた。ドラムセットの種類、スティックの選び方、好きなドラマー、そして、いかにして最高の音を出すか。話すうちに彼の目はキラキラと輝き、その全身から「ドラムが大好きだ!」というオーラが溢れ出していた。筋肉の話やプロテインの話も、そのドラムへの情熱と密接に結びついているようだった。彼にとって、肉体を鍛えることは、最高のドラムを叩くための手段なのだと、その時初めて理解できた。
彼がここまで音楽に真剣に向き合っているとは、正直、DMの印象からは想像できなかった。そのギャップに、私は少しずつ惹かれ始めていた。
カフェでの話の後、優太さんが提案してくれた。
「言葉で話すより、一度音を出してみませんか? スタジオ、取ってあります」
私はまだ少し不安だったけれど、彼の真剣な眼差しに背中を押されるように、頷いた。地元の小さなスタジオに向かう間も、私の心臓はドキドキと高鳴っていた。誰かと一緒に音を出すのは、これが初めてだったから。
スタジオに入ると、優太さんは手際よくドラムセットに座った。スティックを握り、軽くウォーミングアップを始める。その一打一打から、彼の練習量の多さと、ドラムに対する真摯な姿勢が伝わってきた。
「じゃあ、適当にテンポ出すんで、レイさんの好きなように歌ってみてください!」
優太さんのカウントが始まる。ワン、ツー、スリー、フォー。そして、バスドラムが響き、スネアが鋭く鳴り、シンバルが空間を満たす。私がヘッドホンで聴いてきた音源とは、全く違う、生きた「音」がそこにはあった。
彼のドラムは、予想以上にパワフルで、まるで大地が揺れるような重低音だった。そして、その力強さの中に、繊細なリズムの正確さも感じられた。私は、その音に導かれるように、自然と歌い始めていた。
これまで一人で歌ってきた私の歌声は、その力強いドラムの音と絡み合い、響き合い、想像以上の化学反応を起こした。私の声が、今までよりもずっと力強く、そして感情豊かに響いている。優太さんのドラムが、私の歌の土台をしっかりと支え、まるで私の感情を増幅させてくれるようだった。
それは、まるで自分の中の眠っていた感情が、一気に解き放たれるような感覚。こんなにも歌うことが気持ちいいなんて、知らなかった。私は夢中で歌い続け、優太さんも、私の歌に呼応するように、全身を使ってドラムを叩き続けた。汗だくになりながらも、彼の顔には最高の笑顔が浮かんでいた。
繋がる予感
一曲歌い終えると、スタジオには静寂が訪れた。私の息は上がっていたけれど、それ以上に、体中に満ち足りたような感覚が広がっていた。
「レイさん! マジで最高っす! 俺、レイさんの歌声に合うドラム、もっと叩きたいっす!」
優太さんは、そう言って、キラキラした瞳で私を見つめていた。その言葉は、私の心を強く打った。確かに、彼の外見や口調は少し独特かもしれない。でも、彼の音楽に対する真摯な姿勢と、私の歌声に対する純粋な情熱は、本物だった。
「はい…! 私も、優太さんのドラム、すごく歌いやすかったです。もっと、一緒に音を出したいです!」
そう答えると、優太さんは大きく頷いた。この日、すぐに「バンドメンバー決定!」というわけではなかった。でも、私たちの間には、確かに「もっと一緒に音を奏でたい」という共通の想いが芽生えた。それは、私がずっと求めていた、新しい世界への最初の一打だった。優太さんとの出会いは、私の孤独だった歌声に、確かなリズムと、未来への光を与えてくれたのだ。
水凪優太さんとの初めてのスタジオセッションは、私にとって大きな衝撃だった。あんなにもパワフルで、それでいて正確なドラムの音に身を任せて歌うのは、本当に気持ちがよかった。一人で歌っていた時には感じられなかった、歌声がまるで生き物のように広がっていく感覚。この体験が、私の心に確かな手応えを残した。
優太さんは「また、ぜひやりましょう!」と笑顔で言ってくれた。私自身も、彼とのセッションを通じて、バンドへの思いがますます強くなった。二人の音は、まだ未完成な部分も多かったけれど、これからの可能性を強く感じさせてくれたのだ。
でも、バンドはドラムとボーカルだけじゃない。もっとたくさんの音を重ねたい。そう思って、私は再びX(旧Twitter)のDMを確認する日々を過ごしていた。優太さんも、「レイさんの歌声に合うベースとギター、絶対見つけましょう!」と、力強く励ましてくれた。
優太さんと何度かメッセージをやり取りしているうちに、新しいDMが届いた。差出人は、明日葉飛鳥。彼女のプロフィールは、優太さんとはまた違った意味で、私に衝撃を与えた。
「ベース弾けますけど、あんたの歌、ホンマにええわ。ただし、変な奴やったら速攻で帰んで?」
関西弁。そして、この遠慮のない、ストレートな物言い。文章からでも、その毒舌そうな雰囲気がひしひしと伝わってきた。私は思わず、ぷっと吹き出してしまった。こんなに直接的なメッセージを送ってくる人がいるんだ。私の周りにはいなかったタイプの人で、正直、少しだけ身構えてしまった。でも、同時に「ホンマにええわ」という言葉に、彼女なりの評価と真剣さが込められているのを感じ、妙に心惹かれるものがあった。
優太さんにも飛鳥ちゃんのDMを見せると、彼は「おー! 面白そうな人っすね! 会ってみましょう!」と、私の不安を吹き飛ばすように言ってくれた。私は、彼がいてくれるなら少し心強いかもしれない、と思い、飛鳥ちゃんに三人で会う約束を提案した。
約束の日。優太さんと一緒にカフェで飛鳥ちゃんを待っていると、そこに現れたのは、写真で見た通りの小柄な女の子だった。彼女は、私の顔を見るなり、じろりと品定めするような視線を向けてきた。
「あんたがレイ? YouTubeの歌、聴いたで。なかなかやるやん」
開口一番、彼女はそう言った。その声は、メッセージの文章の通り、少し低いけれど芯があって、関西弁がさらに彼女の個性を際立たせていた。私は緊張しながらも、「雨宮レイです。よろしくお願いします」と頭を下げた。
話を進めるうちに、飛鳥ちゃんのベースに対する情熱が、優太さんのドラムと同じくらい、いや、もしかしたらそれ以上に深いものだと分かった。彼女は、ベースの弦一本一本の音の響き方から、バンド全体のグルーヴをどう作るかまで、専門的な知識とこだわりを惜しみなく語った。彼女の言葉は時に辛辣で、私の質問に対しても「そんなんも知らんのか?」とばかりに、容赦ないツッコミが入ることもあった。でも、それは彼女が本当に音楽と真剣に向き合っている証拠だと、私は感じていた。
特に印象的だったのは、彼女が自分のことを「貧乳」だと自虐的に話す場面があったことだ。初対面でそんなことを話す人に初めて出会い、私は驚きつつも、どこか彼女の飾らない人柄に、少しずつ親近感が湧いていった。
カフェでの話の後、私たちは三人でスタジオに入った。優太さんのパワフルなドラムがまず響き渡り、そこに飛鳥ちゃんがベースを加えた瞬間、スタジオの空気が一変した。
飛鳥ちゃんのベースラインは、まるで生き物のようにうねり、優太さんのドラムと完璧なリズムを刻む。彼女の指先から紡ぎ出される重低音は、ただ単にリズムを刻むだけでなく、曲全体に深みと安定感を与えていた。そして、何よりも驚いたのは、そのグルーヴ感だった。彼女のベースが加わることで、私の歌声が、より一層自由に、そして力強く舞い上がれるような感覚になったのだ。
優太さんのドラムが力強い骨格なら、飛鳥ちゃんのベースは、その骨格に肉付けをして、血を通わせるような存在だった。私たちの歌声が、しっかりと地に足をつけて、そして空へと伸びていく。そんなイメージが、私の頭の中に広がった。
一曲歌い終えると、飛鳥ちゃんはスティックを置いた優太さんに視線を向けた後、私に言った。
「あんたの歌、ベースと合わせたら、なかなかええ感じやな。まあ、悪ない。今のところは、やけどな」
その言葉は、彼女なりの最大限の評価だったのだろう。毒舌な中に、確かな手応えを感じているのが伝わってきた。私も「飛鳥ちゃんのベース、すごく歌いやすかったです!」と興奮気味に伝えると、彼女は少しだけ照れたようにフッと笑った。
この日、飛鳥ちゃんは正式にメンバーになることを約束してくれたわけではなかった。でも、「また、練習に誘いや」という言葉を残してくれた。その言葉は、私たちにとって、次のセッションへの確かな招待状だった。優太さんと飛鳥ちゃん、二人の強烈な個性が加わることで、私の歌声は、確実に新しい世界へと広がり始めていたのだ。
私、雨宮レイの物語:静かなる色彩、高峰ちひろ
膨らむ期待と、もう一人の存在
優太さんと飛鳥ちゃんと出会い、一緒に音を合わせるようになってから、私の心はこれまでにないくらい満たされていた。優太さんの力強いドラムが歌の土台を築き、飛鳥ちゃんのグルーヴィーなベースがその骨格に肉付けをしてくれた。二人の個性がぶつかり合いながらも、私の歌声と溶け合っていくのが、本当に心地よかった。
「私たち、いい感じになってきたね!」
練習の後、飛鳥ちゃんが笑顔でそう言った時、優太さんも「っすね! マジでこの音、やばいっす!」と興奮気味に頷いた。私も心からそう思っていた。でも、まだ何かが足りない。もっと、私の歌に色彩と深みを与えてくれるような、そんな音が欲しいと漠然と感じていた。それはきっと、ギターの音だった。
X(旧Twitter)での募集は続けていたけれど、しばらく新しいメッセージはなかった。半ば諦めかけていた頃、ひっそりと、しかし確かな存在感を示すDMが届いた。
そのDMの差出人は、高峰ちひろ。優太さんの熱量とも、飛鳥ちゃんの毒舌とも全く違う、非常に簡潔なメッセージだった。
「ギターできます。音源拝聴しました。一度お話しできますでしょうか。」
プロフィール写真も、どこかクールで、メッセージからもあまり感情が読み取れない。だけど、どこか引き込まれるような、静かなオーラを感じた。彼女の音源が添付されていたので再生してみると、それは驚くほど繊細で、それでいて力強いギターの音色だった。アコースティックな響きから、激しいディストーションサウンドまで、幅広い表現力を持っているのがわかる。この人なら、きっと私たちの音に新しい色を加えてくれる。そう直感した。
すぐに優太さんと飛鳥ちゃんに連絡し、ちひろさんのDMと音源を共有した。二人とも、ちひろさんのギターに魅了されたようで、「このギター、すごいっすね!」「ええやん、会ってみよか」と、乗り気になってくれた。私たちは、三人でちひろさんと会う約束を取り付けた。
約束の日。優太さんと飛鳥ちゃんと一緒にカフェでちひろさんを待っていると、そこに現れたのは、プロフィール写真の通り、どこかミステリアスな雰囲気の女の子だった。彼女は静かに私たちを見て、小さく頭を下げた。
「高峰です。よろしくお願いします」
その声も、メッセージと同じように、とても穏やかで、そしてどこか控えめだった。優太さんと飛鳥ちゃんが、いつものようにマシンガントークでバンドへの情熱や、これまでのセッションの様子を語る中、ちひろさんはほとんど言葉を発しなかった。ただ、私たちの話を真剣に、そしてじっと見つめるような瞳で聞いていた。その静かな佇まいと、(思わず目がいってしまったのだけど)彼女の豊かな胸のコントラストが、私の中で少しずつ彼女の印象を形作っていった。無口な中に、何か秘めているような、そんな不思議な魅力を感じた。
音楽の話になると、彼女は少しだけ口を開いた。「レイさんの歌声に、どんなギターが合うか、ずっと考えていました」。その言葉に、私はドキッとした。彼女は、私たちの音楽に真剣に向き合ってくれている。そう確信できた瞬間だった。
カフェでの話の後、私たちは四人でスタジオに向かった。優太さんのドラム、飛鳥ちゃんのベースが鳴り響き、そこに私が歌声を乗せる。そして、いよいよちひろさんのギターが加わった。
彼女の指先から紡ぎ出されるギターの音色は、本当に魔法のようだった。私の歌声に寄り添うように優しく、時には激しく、感情の波を表現する。静かなパートでは、一音一音が空間に染み渡るように響き、サビでは、まるで歌声の翼を広げるかのように、壮大に、そして情熱的に鳴り響いた。
優太さんのドラムが力強い骨格、飛鳥ちゃんのベースがその骨格に血を通わせる肉付けなら、ちひろさんのギターは、そのすべてに豊かな色彩を与えてくれる存在だった。これまでモノクロだった絵が、鮮やかな色で染め上げられていくような感覚。私の歌声が、彼女のギターによって、何倍にも輝きを増したように感じた。
一曲歌い終えると、スタジオには感動的な静寂が訪れた。優太さんは「うおおおおお! これっすよ、これ!」と興奮し、飛鳥ちゃんも「あんたの歌、このギターと合ったら最強やん!」と、いつになく真剣な表情で言った。ちひろさんは、静かにスティックを置いた優太さんと、ベースを抱えた飛鳥ちゃん、そして私を交互に見て、小さな、けれど確かな笑みを浮かべた。
この日も、ちひろさんはすぐに「メンバーになります」とは言わなかった。私たちも焦らず、何度か彼女を誘ってスタジオセッションを重ねた。セッションを重ねるごとに、無口だったちひろさんが、少しずつ私たちの前で素の表情を見せるようになっていく。ギターの音色を通じて、彼女の感情が伝わってくるような気がした。
そして、数回のセッションの後、ちひろさんは静かに、しかしはっきりと口にした。「皆さんとなら、きっと良い音楽が作れると思います。一緒にやっていきましょう」。
その言葉を聞いた時、私は本当に嬉しくて、思わず優太さんと飛鳥ちゃんと顔を見合わせ、喜びを分かち合った。ようやく、バンドに必要なピースがすべて揃った。ドラム、ベース、ギター、そしてボーカル。四人になった私たちは、それぞれの音が重なり合って、想像以上の化学反応を起こすことに夢中だった。それは、まるで自分の中の眠っていた感情が、一気に解き放たれるような感覚。それぞれの音が、私の歌声と絡み合い、響き合い、私たちだけの音になっていく。
「これだ…! これが、私が求めてた音だ!」
自然と涙が溢れてきた。彼らと一緒なら、きっともっと遠くまで行ける。そう確信した瞬間だった。この四人の音こそが、私たちが目指す音楽の形だと感じた。そして、この確かな絆が、私たちをさらに大きなステージへと導いてくれることを、私は知っていた。
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