#47「変体の魔族、メスガキ降臨」

「なっ……!?」


上半身裸の女の子を見て、俺は思わず目を見開くが、その姿は一瞬で暗闇に覆われる。


「うわ!なんだこれ……!?」


暗闇が広がる中、耳元にチャピの慌てた声が背後から聞こえた。


「キョ、キョーくんっ……!み、見ちゃダメ!!」


――視界をふさがれている――


チャピが俺の目を覆っているのだと、すぐに察した。

だがその直後――可愛らしい声が響き渡る。


「そこなエルフっ!!何をしているのです!!我が君が、わたしを見つめられないじゃないですかぁ!!」


俺の頭の中に、嫌な予感がよぎる。


(……まさか、さっきの裸の女の子……ノクトなのか?)


「そんな汚らわしいもの、キョーくんに見せられるわけないでしょ!」


チャピの声が怒気を帯びる。


「汚らわしいとはなんです!!私の体に、汚れたところなど一つたりとてございません!!」


今度は女の子――ノクトが烈火のごとく叫ぶ。

二人の声がぶつかり合い、口喧嘩が始まった。

……いや待て、なんでこんな状況になるんだよ!?


「かくなるうえは――!!」


ノクトの声が一段と大きく響く。


「我が君に、生まれたままの姿を見ていただき、はっきりさせましょう!!」

「待て待て待て待て!!」


俺は慌てて叫んだ。


「落ち着け!まず胸を隠せ!!その後で目隠しを外せ!!」


……しばらくして、ようやく目隠しが外された。

目の前に立っていたのは――小さな女の子。


ノクトだ。


胸元には黒いもやが水着のように固まり、かろうじて隠されている。

改めてノクトを見ると、相変わらず薄ら笑いを浮かべてこちらを見ていた。

俺は黙って、その姿をじっと見つめる。


「……っ」


ノクトの頬がわずかに赤く染まる。

そして、恥じらうような声を漏らした。


「我が君に……そんなに見つめられると……ああ……興奮してしまいます」


「…………」


俺はその言葉を無視して、ただノクトを見据えた。

その薄ら笑いを浮かべる小柄な少女に、見覚えがある。


そう――メスガキだ。


一時期、大人の男を小馬鹿にするように「ざぁこざぁこ」とか言ってくる妙なキャラが流行ったことがあった。

正直、俺には理解できなかったが……その界隈では、どうやらご褒美らしい。


――で、目の前のノクト。


そいつに、あまりに似すぎていた。

目元なんかはもうそのまんまだ。


……ああ、間違いなくメスガキだ。


いや違う…今はそんなこと考えてる場合じゃない。

俺は深く息を吐き、頭を振った。


「……お前、本当に俺についてくるつもりか?別に、奴隷になんかならなくてもいいんだぞ……」

「なにをおっしゃいます!!」


ノクト――目の前の小柄な少女は一歩前に出て叫ぶ。


「未来永劫、この身は我が君のもの……ずっと御側におります!」


その真剣さに、俺は思わず黙り込んだ。

リーナのおふくろさんを助けるため、ノクトと契約した手前もある。

強く突っぱねることもできず、観念して口を開く。


「……勝手にしろ。それと……女が本当の性別なんだよな? 名前はなんて呼べばいい」


ノクトはふっと笑みを深め、右手を顔の前にやり、仰々しくポーズを決める。

だがその姿は――現世で見かけたメスガキそのものにしか見えなかった。


「ノクターリア……それが私の本当の名前です……」

「……長い。名前は四文字までだろ!」


思わず嫌気がさして、俺は吐き捨てるように言った。


「よし、お前のことはノアって呼ぶ。お前も……俺のことは恭真って呼べ!」


ノアは驚きの表情を浮かべたまま、動きを止めた。

その沈黙が数拍続いたかと思うと――


ふっと掻き消える。


「……ッ!?」


次の瞬間、がばっと俺の体に飛びついてきたのは――ノアだった。

頬を真っ赤に染め、小さな腕でぎゅううっと、よだれを垂らしそうな勢いで抱きしめてくる。


「我が君っ!!この日!この時だけは粗相をお許しください……!ああ……!私は幸せ者ですぅ……!」

「名前まで与えられ、我が君の名前まで呼ばせていただけるとは……っ!!」

「……いや、ちょっ……」


あまりのテンションに俺はドン引きし、必死に引きはがそうとする。


「ちょっと!あんた何してるのよ!!離れなさいよ!!」


チャピも慌てて加勢するが――。


「いやぁぁ!!この瞬間だけは譲れませぇぇん!!」


ノアは全力で抱きついたまま離れようとしない。


……しばらくして、ようやくノアを引きはがすことに成功した。

俺とチャピは肩で息をしながら、荒く息を吐く。


ノアは涼しい顔で薄ら笑いを浮かべ、芝居がかった声を響かせた。


「では……今日この時より――キョウマ様、と呼ばせて……いただきます!!」


言い終える前に、ノアが再び俺を抱きしめようと身を投げ出す。


――その気配に気付き、俺は咄嗟に小さな頭を押さえつけた。

なんとか近づくのを阻止する。


「いい加減にしなさいっ!!」


チャピも後ろから羽交い絞めにして必死に止めた。

背中のルミナスは我関せずと、ふさを軽く揺らす。


――こうして、ルーメンポートに日が暮れていくのだった。

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異世界ビルメン~清掃スキルで召喚された俺、役立たずと蔑まれ投獄されたが、実は光の女神の使徒でした~ 松永 恭 @Kyo_ma

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