#2「清掃員、牢獄を掃除しすぎて強制釈放」

……魔法陣をちょっと拭いただけなのに、俺は投獄された。


石造りの地下牢はカビの臭いが鼻を突き、思わず顔をしかめる。

床の溝には汚れがたまり、踏みしめるたび不快な音がする。

しかも壁の隙間から冷たい風が吹き込み、「塞げよ!バカか!」と心の中で悪態をついた。


まるで教科書に載せるような中世ファンタジーの牢屋。


――掃除すら許されない環境なんて、人間の暮らす場所じゃない。


「おい、新入り。何やって投獄されたんだ!しっかり反省しろよ!」


隣の牢から、髭面の大男が豪快に笑ってくる。


「いや、掃除しただけだ。」

「掃除で牢に入るやつがあるか!」


……だが事実だ。

魔法陣の汚れを拭き取った、それだけでこのザマである。

汚れに対して清掃意識くらい持って欲しいものだ。


しばらくすると食事を持った看守が来た。

もう夕食の時間らしい。


……だがそんなことは後回しだ。

こんな環境でメシなんか食えるか!


「おい、雑巾と水はあるか!」

「はあ?いったい何をするつもりだ」

「掃除以外に何がある!」


呆れた看守は、物置からボロ雑巾の入った桶をよこした。

灰色とも茶色ともつかない、ぼろきれ。

だが手に取った瞬間、胸が高鳴る。


……来たな、運命の神器。


俺は牢の床に這いつくばって掃除を始めた。

カビをこすり落とし、石と石の隙間に雑巾を巻いた指を突っ込み汚れを掻き出す。


「おい……あいつ何やってんだ?」

「床を舐める勢いで磨いてるぞ……」


囚人たちが怪訝そうに覗き込むが、俺は止まらない。


「汚れは呪詛……祓わねば世界は蝕まれる……」


「……は?」

「なんか言ったか?」


隣の髭面の大男が眉をひそめる。


「これはただの布じゃない。穢れを祓い、闇を裂く――浄化の神器だ」


「……頭でもやられたか?」


「フッ……理解できぬ者か…だが慣れている!」


俺は左腕を天へと掲げ、右手で左目をふさぐ。


「これは聖戦だ!」


残された右目で、俺は髭面の囚人を射抜くように見つめる。


「……やべぇのが入ってきた……」


その時、足音が響いた。

不審な様子を聞きつけた看守が、様子を見に駆け付ける。


「静かにしろ!……何騒いでいる!!」


俺は小声で呟くように告げる。


「戦いだ。穢れとの、な」


「……掃除って言え」


次の日も俺は牢獄の掃除を続けた。

この汚れは一日では片づけきれない。

時間をかけて床だけでなく、全体の汚れを払う。


やがて牢屋が、淡い光を帯び始めた。


そして三日目の朝。


夜通し拭き上げた鉄格子はうっすらと白銀に輝き、壁は大理石のようにきらめいている。

床は眩しく光り、牢全体が発光し始めた。


「ま、まぶしい!」

「なんだこれは!?」


看守たちが駆け込んでくる。

俺はゆっくりと立ち上がり、輝く床を踏みしめて、背中越しに言い放った。


「浄化完了…聖戦は終わった…」

「いや、これもう掃除じゃないだろ!光ってるだろ!!」


まだ朝方だというのに、眩い輝きは牢の外まで漏れ、太陽の如く輝きを放っている。


「城下から丸見えだぞ!」

「魔物が寄ってくるかもしれん!」

「これは防犯上まずい!!」


慌てふためく上層部が駆けつけ、結論を下した。


「……この厄介者を追い出せ!」


俺はその日に牢から追い出された。


「二度と戻って来るな!」

「掃除していればな…しないとまた聖戦に舞い戻るからな!」

「………」


看守が沈黙したのを見て、思わず肩をすくめる。


「……脅しじゃないからな」


牢を出た俺は、そう言い残し牢獄を後にした。

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