第13話 サバイバル実習 その4
サバイバル実習、3日目の朝──。
朝食のあと、早々に荷物をまとめて、森の奥へと歩を進めています。
演習の森は奥に行くほど緑も深くなり、さらにその奥、窪地へと続く細道。
巨大なクレーターのような窪地に広がる大森林──。
上と下では生態系も違っているそうで、下には危険な野獣が数多く生息しているのだとか……。
「さて、ここから先は今までのピクニックとはワケが違う。正真正銘、死と隣り合わせの世界となる」
レオナルド先生の真剣な視線が、あたしに向けられている。
その視線の意味するところはわかっている。
◇ ◇ ◇
……時を遡ること、サバイバル初日。
予定を切り上げて帰還した一組の面々とすれ違ったあとのことだ。
レオナルド先生は、、あたしだけを呼び止めて小声で打ち明けてくれた。
「一組の連中な、森の奥でグランベアに遭遇したらしい。熊の上位種だ。引率の先生が対処して追い払ったそうだが、生徒たちはあの有様で……。他にも大型の野獣を何体か目撃したこともあって、予定を切り上げたそうだ。例年よりも森全体が狂暴化しているから気をつけろ……ってさ」
「それって、アルフレッドくんたちには伝えないんですか?」
「もちろん、事前に注意喚起されていれば対処の仕方も変わってくるだろうが、冒険者たるもの、いつも事前情報が得られるとは限らない。情報の正確性も含めて、な」
「確かに、それはそうかもしれないけど、彼らはまだ”冒険者”じゃ……」
「そこでキミの意見を聞きたいんだ」
これまでの授業での彼らの実力、それと、このサバイバル実習最初の二日間での様子を見て、先へ進んでも大丈夫か、どこまでの情報を彼らに伝えるか、その判断を、あたしに委ねると……。
◇ ◇ ◇
はぁ~、まったく……下手すれば命に係わるような判断なのに……。正直、荷が重いと感じてはいたけど、今は違う。
アルフレッドくん、デュロスくん、シルフィちゃん、フーリオくん、アランくん、マリルちゃん……。
この子たちなら大丈夫。きっと、大丈夫。
いつになく真顔のレオナルド先生に、あたしは、ニヤリと笑ってサムズアップサインで応える。
レオナルド先生も、ふっと笑みを浮かべて軽く頷いた。
「それじゃ、一応、エリーシャ先生からも注意事項とうあれば」
「そうねー。ここから先には危険な野獣が数多く生息しています。何が出てくるかわからないので、みんな、油断しないように、ね!」
「「「サー! イエッサー!」」」
ちょ、ここでそのノリなの!?
◇ ◇ ◇
窪地への細道を降りたところで、アルフレッドくんが皆に指示を出す。
「こっからは隊列を組んで行こう。シルフィ、先頭をたのむ。すぐ後ろに俺。そんで、俺の後ろがマリルとフーリオ。アランとデュロスは殿な。先生たちは両翼をお願いするっす」
「オーケー、いい判断だ」
「シルフィ、水場を探して進もう。それと、できるだけ──」
「獣道は避けて、でしょ? 任せて!」
「ふふっ。マリル、魔法は1までな。あと──」
「火は使わない、ですね」
……この子たち、思った以上に”冒険者”してるじゃない! レオナルド先生も拍子抜けしたような顔……。
これなら、何が出ても対処できそうね。……っていうか、やっぱり、あたしだけが初心者なんですけどー。
(ザザっ ザザっ)
生い茂った葉っぱを、シルフィちゃんが切り分けながら進みます。
隊列の左右は、あたしとレオナルド先生で警戒しなくちゃよね。
(ザザっ ザザっ)
「(ひっ)……(ふぇ~っ)……(しっしっ)」
「エリちゃん先生? 大丈夫ですか?」
あたしが声にならない声を上げて、虫と格闘していると、マリルちゃんが心配して声を掛けてくれた。
「だ、大丈夫よ~。ちょっとだけ虫が苦手なだけよ。ちょっとだけ、ね。ほら、足の長いのとか、胴が長いのとか……」
「わ、わかります! 私も苦手ですぅ」
おおー同志よー!
「でしょ? でしょ!? 長いのが特にダメで、蛇と、か……」
視界の端に、絶対に見たくない系の色艶の奴がいる。全ての思考を動員して全否定したくても、それがそれだという結論にしか行きつかない。
「ぬゎあああああああああっっ!!」
「ど、どうした、先生!?」
「大丈夫!?」
「何が出た!?」
ぶっ飛びそうな意識の中で「あれ、あれ!」と指差すのが精いっぱい……。
「蛇だ」
「でけぇー」
「エリーシャ先生の腕ぐらいの太さだぜ」
ヤメて! あたしの体で例えないでぇぇええええ!!
「毒とか持ってるヤツか?」
「毒は持たない種類だね」
「わかるのか?」
「頭のカタチから識別できるでござる」
なんか、悠長にそんな会話が聞こえていた気がする……
◇ ◇ ◇
「……生、先生、エリーシャ先生ってば!」
「ほぇ、ぁ……(ぐすん)」
「もう大丈夫っすよ!」
「先生、蛇ダメだったのかー」
「ごめんね、エリちゃん。蛇が居たのは気付いてたんだけどー」
「う、う、うー……ごめん、みんな。ありがとう~。レオナルド先生ー、何が出るのか、事前情報はやっぱり必要でしゅよぉー(ヒっグ ヒっグ)」
「あ? あぁ、そうだなー。事前に聞いておくべきだったわ……お前の苦手もの」
そうじゃなぐでー……
「先生、水場が近そうだから、ここいらでキャンプ地を探そう」
◇ ◇ ◇
さて! 気を取り直して、今日のキャンプ地も決まり、デュロスくんとシルフィちゃんが水場の確認へ行っている間に、あたしたちは拠点の設営です!
シェルターの張り方は完璧! 焚火もOK! これ以上、醜態を晒すわけにはいかないのよ!
……と、張り切っていたその時。
『おおーい! みんなー! 来てくれー!』
『みんなー!』
茂みの向こうから、デュロスくんとシルフィちゃんの声が響いた。
「なになに? なんかあったの?」
みんなで顔を見合わせて、声のするほうへ向かう。
「デュロスくーん? シルフィちゃーん? どこー?」
「こっちこっち!」
シルフィちゃんが、川べりの開けた場所で手を振っている。その隣で、デュロスくんがなにやら大きなものを足蹴にしていた。
「な、なにそれ……?」
みんなが駆け寄ると、デュロスくんがドヤ顔で言い放った。
「今日の晩飯、だ」
「晩飯って、お前──」
レオナルド先生が注意深く、”晩飯”を観察する。
「こいつぁ、グロスボアじゃねーか! この辺りじゃ要注意特定種とされてる危険個体だぞ!?」
「そうなの? ただのイノシシと変わらなかったぜ?」
「うわー! デュロスくん、一人で仕留めたの!?」
「流石っ!」
「今夜は肉三昧だな~!」
◇ ◇ ◇
日が暮れるころには、焚火の上でグツグツとイノシシ鍋が煮え、輪切りにされた蛇肉がじりじりと香ばしい煙を上げていた。
「苦手なもんは食らっちまえば克服できるぜ。俺はそうしてきた」
「へぇー、レオナルド先生にも苦手なモノあったんだ」
「そりゃあったさ。軟体系が特に苦手でな。クラーケンみたいなヤツ。『苦手だと思うのは気持ちで負けているせいだー! それを克服するにいは、食らって勝つ! それだけだー!』なんつって、食わされたもんだぜー。どっかの筋肉バカに」
「あははっ、それ、ベイルさんじゃん!」
あははっ……。まぁ、輪切りになってれば、見た目的には……(ゾワゾワっ)やっぱり無理だけど、苦手を克服する姿を、生徒たちに示す時なのだわ!
今こそ!!
「先生、どうぞ~」
「蛇肉の串焼き、意外とイケますよ?」
”蛇”って言わないでー
「うぅ……。ありがとう、みんな……いただきます……(はむっ むっ むっ)」
勇気を振り絞って一口。……お、おお? 意外と淡白でクセがない……かも?
「(もっ もっ)……あれれ、美味しい……かも?」
「でしょ!?」
マリルちゃんが満面の笑みでうなずく。
「やったね!」
「苦手克服!」
「おめでとー!」
「イノシシ鍋も、最高っすよ!」
みんなで賑やかに夕食を囲むひととき。
森の夜風は冷たいけれど、みんなで笑い合いながら食べる料理は、なによりも温かい――。
(ガサ ガサガサ……)
ん? 視界の端に何か……
「ぴぎゃぁぁあああああ!!」
「あ、また蛇だ」
「小っさい蛇だ」
「エリーシャ先生の親指くらいの太さしかないぜ?」
また! あたしの体に例えないでぇぇええええ!!
「……はは。やっぱ食らったからって、苦手なもんは苦手だよなぁー」
苦手克服は、まだまだのようです……。
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