第12話 サバイバル実習 その3

 2日目の夜。

 森の空気はしっとりと冷たくなり、焚火の炎がぽうっと輪を作っている。

 周辺の茂みからは虫の鳴き声が聞こえてくる。


 遠火でじっくり焼いた魚が、良い匂いを漂わせていた。


 昼間はあれだけ賑やかだったみんなも、さすがにお疲れモードみたいで、各自、好きな姿勢で焚火の周りに散らばっている。


「焼けたよ~、はい、エリちゃん先生っ」

「ありがと、マリルちゃん。ふふ、いい焼き色だねぇ~」


 パリパリに焼けた川魚をかじりながら、ほっと息をつく。


「なぁなぁ、レオナルド先生さ」

「んぁ?」

「先生、やっぱさ……スゲー冒険者だったんでしょ? あの素手で魚を獲るのもヤバかったけど、他にも“伝説の武勇伝”とか、あるんじゃないの?」


 アルフレッドくんが目を輝かせながら、グイっと迫る。

 他の生徒たちも「聞きたい聞きたい!」「語って~!」と、うずうずしている。


「ふん……武勇伝、ねぇ~。語って聞かせるような話はねーよ」


 レオナルド先生は、空いた魚の串をひょいとくるくる回しながら、興味なさそうにそっぽを向いた。


「えー、ケチ~」「一個くらい何かあるだろ~?」

「そうだ、先生になったきっかけとか、冒険者を目指した理由とか……あたしも聞きたいなぁ」


 あたしも生徒たちに混ざって投げかけてみた。


「んー……」


 少しの沈黙のあと、レオナルド先生はふっと笑い、


「知り合いの話でも良けりゃ、聞かせてやってもいいが、楽しい話じゃねぇぞ?」


 そう言って、レオナルド先生は遠い目をしながら語ってくれたのです。


「そいつぁ、今じゃ考えられないくらい貧しい村で育ったんだと。家もなく、食い物もなく、その日を生きるために、泥水をすすり、野草や虫で飢えを凌いだそうだ」


 焚火の火が、先生の顔をゆらゆらと照らしている。


「頼れるヤツは誰もいなくて、同じ境遇のヤツらが次々と野垂れ死んでいくなか、“自分だけは、絶対に生き残る”と、それだけを考えていた。……で、ある日、村は巨大なイノシシの群れに襲われた。村にはまともに戦える大人なんか一人もいなかった。大人も子供も大勢死んだ。しかし、そいつぁ、そいつだけは、上手く身を隠して難を逃れたんだ。“絶対に生き残る”って自分に言い聞かせて」


 みんな、固唾を飲んでレオナルド先生の話に耳を傾けている。


「……で、そいつぁ、村を出て、町を目指した。途中で行商人のキャラバンに拾われたのは運が良かった。護衛の冒険者も気の良い奴らだった。腹いっぱい飯を恵んでくれて、数日だったが剣の稽古もつけてくれた」


 ……この話、きっと、レオナルド先生自身のことなんだろうな。


「そんなこんなで町に到着したあとも、その時の冒険者たちは、面倒を見てくれていたんだが……ある日を境に、二度と会うことはなかった。何かの討伐クエストで大勢の冒険者が帰らなかったという噂を聞いて、“そういうこと”なんだろうなと思った」


 レオナルド先生は、遠い夜空を見上げていた。


「で、成長したそいつぁ、当然のように冒険者になった。あの頃は、こんなアカデミーなんか無かったから、冒険者ギルドに登録すりゃ誰だって冒険者だ。そして、その場にいた3人組のパーティに声を掛けられて、討伐クエストに参加することになった。『頭数合わせだから初心者でも歓迎』ってな感じでな」


「ぉぉ」と、期待を込めた声が漏れる。そんな生徒たちを見渡して、レオナルド先生は「フッ」と鼻を鳴らした。「そんなんじゃねーよ」と言っているようだった。


「初めての討伐は、下水道のスライム退治だった。町の地下はクモの巣のように下水道が広がっていて、定期的に討伐クエストが張り出されていたんだ。クエストとしては初歩の初歩ってヤツだな。当然、俺……そいつらも、気楽に受けたんだろうな。ここから俺たちの伝説が始まるんだーなんて言ってな」


 レオナルド先生は、冷めたスープをズズっとすすって続けた。


「ところで、お前ら――スライムと戦ったこと、あるか?」


 全員、首を振った。もちろん、あたしも本物のスライムを見たことすらない。


「――スライムなんて楽勝って思うだろ? だが実際はぜんぜん違った。足元にいるスライムは怖くはない。松明の火を近づければ、ぎゅっと固くなるから、そこを叩き切れば簡単に核を壊せる。怖いのは天井の隙間とか、死角から飛び出してくるヤツだ。――最初に犠牲になったのは最後尾を歩いていた奴だ。一番臆病そうで警戒していたそいつは『上っ』と叫んだ。それがそいつの最後の言葉になった。天井から降ってきたスライムは奴の顔に纏わり憑いて鼻と口を塞いだ。仲間の1人が慌てて松明の火を向けたが、それは悪手だった……。スライムはナイフを通さないくらいぎゅっと固くなっていた。そうこうしている間に、天井からはボタボタと何匹ものスライムが降ってきた。腕や足に纏わり憑かれた奴は身動きできなくなった。パニックを起こして下水の中に逃げ込んだ奴は水中にいたスライムどもに引きずられていった。そして残った1人は……その場を逃げ出した……」


 焚火の音だけがパチパチと響いた。


「ギルドに逃げ戻ったそいつを責める冒険者は1人もいなかった。逆に貴重な情報を持ち帰ったと称賛する者もいたくらいだった。冒険者たるもの、生きるのも死ぬのも全て自己責任だ……てな」


「自己責任……か」「確かにな……」

 焚火の炎は、生徒たちの顔を揺らめかせていた。

 レオナルド先生は、焚火に枯れ枝をくべながら続けた。


「――それからも、そいつは……生きることに必死になった。何があっても、絶対に生き残る。どんだけ無様を晒したとしても、生きてさえいれば、またやり直せる。仲間の分まで、絶対に生き残って、その先を見届けられる。それが……そいつの冒険者としての“始まり”だった」


 ……どうしよう。思いのほか、重たい話だったみたいで、皆なにも言えない空気になっちゃってるじゃない。

 『むー・・』とレオナルド先生に、睨みを利かせてみる。「ハッ」と察してくれた様子で、わざとらしく声を張り上げた。


「ま、まぁ、昔語りなんて、な? 湿っぽいもんさ。あ、そうだ、こんな話もあるぞ。――筋肉を愛し、筋肉のためだけに生きた男の話だ」


 場の雰囲気が少しだけ軽くなった気がする。


「そいつは『人生とは常に筋トレだー!』とか言って、身の丈ほどある鋼鉄の大盾を引きずって歩いてやがった」


「それ、ベイルさんじゃね?」

 アルフレッドくんの呟きに、みんな小さく笑う。


「ふふっ、そんな筋肉バカが、やがて鋼鉄の大盾を片手でぶん回すくらいになるっつーんだから、大したもんだろ? 噂じゃ、オーガ相手に素手で殴り合ったこともあるらしい」


「オーガと素手で!?」

「それ、絶対ベイルさんだ!」

「帰ったら聞いてみようぜ!」


 生徒たちの笑い声が夜の森に響き、焚火の火が明るく揺れていた。


 レオナルド先生って、”生きること”に拘った教え方するなーと思ってはいたけど、そういう過去があったのね。


 世界の神秘を見て回りたいー! なんて動機で冒険者を目指しているあたしって……お気楽過ぎるかしら。

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