Episode1:命-mei-



箱庭はこにわ様、よろしくお願いいたします」

「あ……ああ。よろしく」


 AIロボット(名前はめい)は、ありえないほどの精度の発音と、ありえないほどの精度の筋肉の動きを私に見せつけていた。それはもはや、人間と見分けることなどできないほどの。


「私は精神科AIロボットとして、箱庭様の生活をサポートしたします。後には通勤などのお手伝いもさせていただきますが、まずはゆっくりとおやすみください」

「あ、ああ。ありがとう」

「お茶です。良ければ、時間のある時に貴方の悩みをお聞かせください」

「え、どこから……」


 めいは、どこからともなく謎の液体の入ったコップを出してきた。私は一瞬それを受け取るのを断ろうとしたのだが、命があまりに純粋な目で私を見つめているので耐えられずに飲むことにした。


「……おいしい」

「良かったです!」

 飲んでみたら、普通に美味しかった。なんというか、昔旅行でお茶の産地に行ったときに飲んだような、そんな味だ。

「これって、何茶?」

「緑茶です」

「へー……」

 緑茶というよりも麦茶に近い色だけれど、そういうのもあるのかな。


「あ……めいも座りなよ」

「かしこまりました」

「いや……別に命令とかではないけどね」


 私はリビングに置かれた120cmの長さのテーブルを挟み、命と向き合った。

 こうしていると、まるで家族といるみたいだ。勝手な妄想だけど。

 私は少しぼーっと考えにふけっていた。

 だが、命が放った一言で現実に引き戻される。


箱庭はこにわ様は、ご結婚の予定はあるのですか?」

「…………え?」

 AIロボットが、急にぶっこんできた。

 真顔でそんなことを聞くので、私は意味の分からず変な顔をしてしまった気がする。


「……あっ、いきすぎた質問でしたか?申し訳ありません!」

「え……いや……まぁ」

「本当に申し訳ありません!」

「あ、うん」

 命は私に謝ってきた。すごいな、今のAIってこんな表情もできるようになってるのか。いや、しかし、そんな高性能なのに急に変な質問をしてきたのはどういうことなんだろうか。


「あー、もしかしてこの家が広いから?」

 私はふと思った。この家は一人暮らしにしてはかなり広い。もしかしたら、命はそれに違和感を覚えたのだろうか。


「え?あ、はい、その通りです!」

「?」

 そういうわけじゃないのか。少し反応がおかしかったような気がしたが、気のせいだろうか。

「私はもともと母と一緒に暮らしていたんだ。でも、一昨年から体調が悪くなってきていて、入院している。もともと私は家にはこだわりが強かったから。でもいざ一人になったら豪華すぎてね」

「そう……なのですね」


 私は入社して少しして、ローンでこの家を買った。都心からは少し離れているが、ずっと住み慣れた良い街だ。

 何より、利便性と安全性を重視している私にはこのマンションはぴったりだった。


「働くのは割と好きだったから、もうローンも返し終わったよ。まぁ、安いときに買えたからね。ラッキーだった」

 最近はこの街もかなり地価が上がっているらしい。便利なのが世間にバレたのかな。


「……」

 数秒、沈黙の時間が流れた。


「あ……箱庭はこにわ様は、何かご趣味などはおありですか?」

 めいは別の話題に移ったようだ。


「……まぁ、カラオケとかかな……あとは物件探しとか……まぁ、引っ越す気はないけどね」

 歌うのは昔から好きだし、建物も昔から好きだ。


「良ければ、カラオケに一緒に行きませんか?」

「え?」

「誰かと一緒に行くのも、楽しいのではないですか?」

「……それもそうだね」

 そういえば、友達と大学生くらいまではよくカラオケに行っていたけど、卒業してからは予定がなかなか合わなくてほとんど一緒には行けてない。

 誰かと一緒に行けるなんて、幸せなことなのかもしれないな。

「……じゃあ、行こうかな」

「本当ですか!行きましょう!」

「う、うん」


 さっきから思っていたけど、本当にこのAIロボット、感情豊かだし、明るいな……。これが最新の技術だというのなら、大したものを人間は開発したんだな。

 まるで、みたいだ。


「せっかくですから、明日朝イチで行きませんか?朝早起きすることは健康に良いですし、料金も安いです!」

「そうだね。そうしよう」

「はい!」


 めいの笑顔が眩しかった。

 昨日までかなり沈んで鎖で繋がれたようになっていた心が、少し解けた気がした。


「……あ、そうそう。この家部屋が結構余ってるから、そうだな……そこの部屋は好きに使って良いから。コンセントもちゃんとあるしね」

「ありがとうございます。……ですが、一緒に……あの……寝ませんか?」

「え?いや、流石に大丈夫だよ。そこまで私も孤独感だけ感じてるわけじゃないさ」

「あ……そ、そうですか……申し訳ないです」


 なぜかめいのテンションが少し下がった気がしたが、気のせいだろう。




***




(ふふふ。まず第一段階は成功です)

 夜11時。ぜん様が寝静まったのを見計らって、私は用意したメモ帳に『やりたいことリスト』を記入していた。

(あれから3年……ようやく機会が訪れました!残念ながら一緒にはしばらく寝れそうにないですが……)

 私は明日からの日々を想像し、ついニヤけてしまう。


(絶対に、成功してみせますよ!私とぜん様の婚生活を!!)

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