アマガエルの赤い傘

星織サイ

きみはどこにきえた?

ねえ、アマガエル。


曇天の、晴れた空だった。

氷菓のように溶けてしまいそうな暑さと、

妙に青々とした、雲ひとつとしてないその空にぼくは吐き気をおぼえた。


ぴちょんぴちょん。

この音が聞こえたら、それはアマガエルが来る合図。


校内に響くわらいごえの隙間で、

ぼくと君の秘密の会話が交わされる。


ねえ、アマガエル。

今日はいつもよりもびしょびしょだね。

そうぼくが言うと君は困ったように笑う。


その仕草が可愛くて。

愛しくて。

悲しくて。

ぼくはワルツを踊るように君の手をとる。


ほんのり赤らむ頬にそっとキスをして。

君の手を引きふたりだけの秘密基地へ向かう。


さわさわと樹々が囁くこの空間で、ぼくらは身を寄せ合い眠りにつく。

水にまみれたアマガエルの身体が乾くまで。

水に塗れたアマガエルの渇いたこころが潤うまで。


ねえ、アマガエル。


甘えるような嬌声で君をよぶ。

君は、なあにと掠れ声を洩らす。

長い睫毛に縁取られたその硝子玉のような双眸に、

ぼくは見惚れてしまう。


ねえ、アマガエル。


ぼくは水に濡れた君の艶っぽい唇にキスをする。何度も、何度も。

今にも壊れてしまいそうな僕らは、

身を寄せ合い愛を囁く。


ねえ、アマガエル。


快晴の空の下、びしょびしょの君を抱き寄せる。


人形の如く。

蠱惑に微笑を浮かべる君のその表情に思わず涙が零れてしまう。

まるで星屑のようね、と君の白い指先が僕の頬を撫でる。


ねえ、アマガエル。

濡れてびしょびしょの身体とは対に、君の心は枯れていく。

日に日に増えていくケガも僕の言葉では癒せない。


美しい純白の百合が枯れていく。

染まっていく。

黒い、絶望に。


ねえ、アマガエル。

赤い傘を差して、君は一足先に楽園へいってしまった。


ぼくと踊るようなワルツで

軽やかに

優雅に

セーラー服を靡かせて

宙を舞う。


ざわざわ揺らぐ木々は凪ぎ

憎い、酷く暴力的な空の青さに目が眩んでしまう。


君の可憐な甘い香りが

鼻を突く腥さに満たされていく。


君の黒曜石のような髪が

赤い

紅い

いろに染まっていく。


君はその濡れた妖艶なカタチのまま、楽園へ旅立ってしまった。


ねえ、アマガエル。


ぼくの愛しいマシェリ。


君がくれた赤い傘を僕も差そう。

君のように優雅にワルツを踊りながら

長い髪をほどいて。


セーラー服を靡かせながら。


宙を舞う。



ぴちょんぴちょん。

薄れる意識の片隅で君の声がする。


優しいアマガエルの声が。

泣き笑う君の声が。


ぴちょんぴちょん。


ねえ、アマガエル。

ぼくの赤い傘は綺麗だったかな?


ぴちょんぴちょん。


もう二度と離れない。


きつく手を結んで。

タン、タンと楽しくステップを踏んで。


赤い傘を差して

君と楽園へ


いこう。

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アマガエルの赤い傘 星織サイ @Sai_hoshiorii

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