第11話 高周波ブレード


「なん……だと……?」


 愕然がくぜんと目を見開き、薄く口紅で飾った唇を震わせ、膝から床へと崩れ落ちる凶三きょうぞう

 こいつがこうもショックを受ける姿など、週三で見るか見ないかってところだろう。

 けっこう高頻度。


「……ふむ、何か違うな。そこの花瓶を取ってくれ」


 思案顔で立ち上がったウチのお姫様に、要望通り花瓶を手渡す。

 この前、底が抜けて使い物にならなくなったガラクタなんかどうしようってんだ。


「よし、それでは──なん……だと……?」


 まさかのリテイク。

 胸の高さから落とされた花瓶が、盛大に砕け散った。


「……満足したか?」

「とても」

「ちゃんと片付けてね、きょうちゃん」

「はい」


 笑顔のジルに箒を持たされ、キビキビと床を掃き始める凶三きょうぞう

 こいつらの上下関係がよく分かる一幕だ。


「しかし困ったな」


 よどみなく手を動かしつつ、悩ましげに吐き出される溜息。

 いつもブレードを立て掛けている、けれど今は何も無い壁へと真紅の視線を投げ、二の句が続く。


「長丁場どころか、そもそもライキリが直せないとは……」






「無理だ」


 地下アンダーでの買い出しを終え、地上アウターに戻った帰り道。

 ミナト区の工房へと顔を出し、預けた一式の調子をオジキに尋ねたところ、返ったのはそんな第一声。


「部品の摩耗まもうが酷い。いくつか取り替えなきゃならん」


 ガタイのいい背中越しに指差された作業台に並ぶ、分解済みのブレードと強化外骨格。

 大小様々なパーツの中には、素人目でも状態が良くないと分かるものが複数あった。


「外骨格の方は、ひとまず問題無い。近い型の廃品から使えるやつを貰えばいい」


 新都アラト建設中の探索者支援協会最盛期、数千人にも及んだ異界探索者シーカーたちの補助目的で大量に出回ってたという兵装。現代では治安維持局が運用するサイボーグ兵に類似した技術が使われている。

 稼働には相当な電力が必要なため、そこらへんの制約が無いに等しい俺たち以外のグループでよろってる奴など警備隊の一部精鋭くらいしか見たことないが、モノ自体は異界門ダンジョンゲートようする地区のガレキを掘り返すだけでも同型機や姉妹機が比較的簡単に見付かる。


 だが──高周波ブレードの方は、そうも行かない。


「こいつはトーキョー封鎖前のアンティークで、作られたのも少数。しかも独自規格オリジナルの部品が多いせいで代用品すら無い」


 一応、設計図のデータは以前手に入れたものを渡してある。それで何度か修理もしてもらっている。

 が、不調の原因が部品そのものの耐久限界では、流石に直しようがない。


「パーツの新造はできねぇのか?」

「どれもこれもレアメタルを複数使った特殊合金だぞ。素材を取り寄せるだけで確実に一〇〇万はかかる」


 ガキ共を抱えた教会ウチの食費換算で、およそ半年分以上。非常用のたくわえを切っても普通に持ち金が足りない。

 そんな高級品だったとは。確かに凶三きょうぞうがブレードを買った時も有り金はたいていたが、もしかすると実際の価値より相当安く上がったのかもしれない。だいぶ値切ってたし。

 アイツ駆け引き下手なくせに交渉の成功率は高いんだよな。熱が入ると前傾姿勢になって、あの暴力的な発育に加えてサラシすら巻いてない胸元がこれでもかと強調されるから。

 とどのつまりは無自覚な色仕掛け。


「第一、素材があっても強度や融点が高すぎてウチじゃ大した加工はできねぇよ。特に問題なのは半導体はんどうたいだな、どうやって作れってんだ」


 ここで駄目なら、そも地上アウターでは望み薄と判断するのが妥当だとう。電気が生きてる数少ない施設だし。


 しかし地下アンダーで依頼しようにも、俺たちは工業区への立ち入り許可を持っていない。

 商業区の人間に仲介を頼む手もあるけれど、やはり金の問題がついて回る。むしろ足元を見られて更に高くつくだろう。

 八方塞がりだな。時間かけてチマチマ稼ぐしかないか。


 …………。

 あるいは──






「手っ取り早い方法が無いでもない」


 ジルがれてくれたハーブティーを飲み干し、そう切り出す。

 ロングブーツを履いた凶三きょうぞうが、てこてこと寄ってきた。

 外骨格ドレスを脱ぐと小さく見えるな。それでも、どちらかと言えば上背がある方だけど。一七五センチくらいか。


「どうすればいい。あれがないと寂しい」


 ブレードを失っても凶三きょうぞうは戦える。元よりコイツの異形因子スキルが発現させた異能はこそあるが極めて強力な上、あの居合いと直接のシナジー無いし。

 けれど愛着ある得物えものを欠いてはモチベーションにさわるだろう。コイツみたいなこだわりの強い奴は特に。


 ゆえに解決案を考えておいた。

 帰る途中で思いついた。


「前に何かの機会で調べたが、ライキリの製造数は全部で四十八本。記録だと、ほとんどが日本各地の異界ダンジョンうしなわれてるらしい」


 いつのことだったかは曖昧あいまいだが、光景は記憶の片隅に残っている。

 思い出すにつれ、鮮明さを増して浮かんでくる。


「ヨツヤゲートで、そのうちの一本を見たことがある」


 空間に満ちるエーテルの影響か、異界ダンジョンでは酸化や腐敗などの劣化がいちじるしく遅い。

 俺が見付けた時、ブレードはバッテリー切れで動かなかったものの、致命的なほど壊れてもいなかった。

 特に交換が必要なパーツの多い柄部分は、ほぼ無傷だった。アレなら十分ニコイチに使えるハズ。


「ただ、少し深い階層フロアだ。スタート地点次第だと日帰りできるか微妙だし、デルタ級の上位クラス以上と出くわす危険も多少なりある。いつもみたいな表層でのピクニックとはワケが違う」

「……私が行きましょうか?」


 ハーブティーで唇を湿らせたジルが、軽く手を上げて提案する。

 一番の安パイって意味なら、それが最適解だろうな。


 もっとも凶三きょうぞうの性格をかんがみれば、素直に頷くとは思えないが。


「自分で行く。佩刀はいとうの手入れが一から十まで人任せでは格好がつかん」


 ほらな。


逆叉さかまた、案内を頼む」

「ああ」


 ブレードの正確な場所を知ってる俺が同伴しない選択肢は無い。ついでにジルと凶三きょうぞうの主な狩り場はハラジュクゲートだから、ヨツヤゲート内の構造や出現クリーチャーの分布ぶんぷと性質に詳しいのも俺だけだしな。

 そして一人は拠点ホームに残る必要があるため、必然的にジルが留守番となる。


「出発は明日の朝だ。必要なものを用意しておけよ」

完全栄養食ジョガリコは何本あれば足りる?」


 何本でも好きなだけ持って行きやがれ。

 あんなもん平気な顔で食えるのはお前だけだ。


「……あー、そうだ。ほら」


 十日分の食料やら日用品が詰まった荷物と一緒に置いておいたケースを掴み、凶三きょうぞうに放り投げて渡す。


「む」

「リクエストのだ。地下アンダーからの横流し品を無理言って借りてきた。壊すなよ」


 中身は対異形弾専用アサルトライフルと、三十発入りマガジンが五つ。

 イプシロン級クリーチャーなら当たれば即粉砕、デルタ級が相手でも中位くらいまでの奴には有効打を見込める代物。


「…………むぅ」


 すげー不満そうな顔。

 肌にも髪にも服にも火薬の臭いが染みつくからって、銃を使いたがらないんだよな。


「せめてレールガンがよかった」

「贅沢抜かすな、デパートに行ってきたんじゃねぇんだ。丸腰よりはマシだろ」

「そう言う貴様こそ、いつも手ぶらではないか」

「俺はいいんだよ」


 異形因子スキルを局所的に活性化させ、右腕のみ変異。

 床を強く踏み付け、まだ転がっていた花瓶の破片を宙へと跳ね上げ、爪と一体化し鋭く尖り、体内に含まれる炭素などの分子結合が組み替わったことで黒く硬質化した指先を振るう。

 割れることも砕けることもなく、ただ真っ二つに裂かれた陶器を掴み取り、完全な粉になるまで握り潰した。


「この四肢、この五体、この六根ろっこんこそが、何にもまさる武器なんだからな」

「……そのフレーズ悪くないな。いただきだ」


 メモるな。

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