第5話 右手の銀貨


 ホウライ。


 確かシブヤ区を縄張りとするチンピラ集団だったか。ここ半年ほどでチラホラ聞くようになった名だ。

 お隣さんとは言え、普段あまりシンジュクから出ない、他区の情勢に明るいワケではない俺の耳にも入ってくるあたり、そこそこ幅を利かせている連中なのだろう。


「風の噂で聞いた。奴等、近々ここら一帯にまで手を伸ばそうとくわだてているらしい」

「風の噂って、お前な……」


 曖昧あいまいな情報ソースに肩をすくめるも、話そのものには信憑性しんぴょうせいが感じられなくもない。

 なにせシンジュク区はタケシタ通りを筆頭、合法非合法を問わない商取引の温床だ。

 そうした市場を一手に掌握できれば、ショバ代だけで相当なアガリが懐に転がり込む。


 が。


「別段、珍しくもないネタだな。好きにやらせとけばいいじゃねぇかよ」


 似たようなことを考える輩は、これまでもいて捨てるほど居た。

 どいつもこいつも気付いたら消えてたけど。どこ行ったんだ。


「そう悠長に構えておられんのだ。奴等は手始めに教会ここを押さえるつもりらしい」

「なるほど」


 年々、地上アウターへの資源リソースが削減され続けている昨今さっこん、水も電気も潤沢に使えるウチの拠点ホームは、まさしく垂涎すいぜんもののオタカラ。

 しかも健康状態良好な十数人のガキ共に認識票タグ付きの若い女二人というオマケ付き。うまくさばけば地下アンダーの市民コード……は流石に無理でも、チュウオウ区への居住権くらいは買える額になる。


 近頃は狙われること自体ご無沙汰だったけれど、宵闇の灯火には羽虫がたかる道理。

 ポッと出の大物気取りには、さぞ美味い獲物として映るだろう。


「そいつも風の噂か?」

「風の噂だ」


 もしも噂の一人歩きなら、向こうさんにとってはとんだ災難だな。


 だがまあ、火のない所に煙は立たないものだ。

 それに晩飯までの運動がてら、散歩と洒落込むのも悪くない。


「行くか」

「行くぞ!」


 壁に立て掛けた太刀を取り、勢い良く勝手口を開けて飛び出す凶三きょうぞう

 もっと丁寧に扱え。蝶番ちょうつがいが痛む。


「ジル。留守番頼む」

「ええ。行ってらっしゃい」






 シブヤ区センター街。

 半世紀前のアーカイブで見た賑わいなど面影すら残っていない、ホコリとガレキにまみれて荒廃した街並み。


 もっとも、チュウオウ区とミナト区の一部を除けば、地上アウターなんてどこもこんなもんだ。

 かつてのが誇っていた栄華は、残らず地下アンダーに吸い尽くされてしまった。

 栄枯盛衰えいこせいすい。むべなるかな。


「んぐ」

「なに食ってんだ、お前」

完全栄養食ジョガリコ。半分食べるか?」

「いらねぇ」


 配給食料の八割を占める、食っても腹を壊さないこと以外は粘土と変わらん代物。

 しかも完全栄養食などとうたっておきながら、実態は炭水化物と脂質の塊。

 作った奴は必須栄養素という言葉の意味を辞書でひいて百万回音読しろ。


「どうせ口に入れるなら、せめてもう少しマトモなものを食え」

「金欠だ」


 堂々と胸を張って言うことかよ。


「今に舌がバカになっても知らねぇぞ」

「……こと食事に関して貴様にとやかく言われたくはない」


 おお、ド正論。

 返す言葉もない。






「鉛玉ごときで俺を殺せるとでも思ったのか。めでたい連中だ」

「鉛玉ごときが私に当たるとでも思ったのか。めでたい奴等だ」


 僕たちチンピラです、と大声で喧伝けんでんしているも同然な風体の見張り数人を叩きのめし、ホウライの根城であるらしい廃ビルの前に立つ。


 誰かしら住んでいる建物の九分九厘がそうであるように、出入り口は厳重にバリケードされ、簡単には通れそうもなかった。


 ブッ壊せば話は別だが。


「私がやる」


 軽く右腕だけ変異させる最中さなか、俺を制するように前へと出る凶三きょうぞう

 長い銀髪の毛先が地面をこするほど深く腰を落とし、居合いの構えを取った姿に、異形因子スキルの活性化を中断させた。


 強化外骨格で覆われた右手が太刀──正しくは刀型の対クリーチャー近接兵装を掴み、安全装置セーフティを解除。

 電源が入れられ、鈍く唸る機械音。ちょっと不調っぽい。


「そいつも、ついでにその外骨格ドレスも、そろそろメンテナンスに出さないとな。だいぶ前からきしんでるぞ」


 刀身の基本素材はタングステン合金と玉鋼たまはがね。柄の機関部から電磁パルスを流し込むことで秒間百万回以上の超振動を帯びた高周波ブレード。

 刃は液体金属にナノマシンを混ぜ込んで造られた形状記憶ナノメタル製の単分子カッター。

 ブレード本体よりもデカい鞘には、二大企業の片割れである『ヨツカド社』の商標シンボル


 同社が大昔に発行したカタログによれば、商品名は『ライキリ』。

 日本が異界ダンジョンへと呑み込まれる以前に製造され、けれど近接兵装そのものが対クリーチャー戦において実用的ではないと結論付けられたことで少数生産に留まった骨董品。

 そのうちの一本が数年前に地下アンダーから流れてきて、ひと目惚れした凶三きょうぞうが当時の有り金をはたいて手に入れた得物こいびと


 カタログスペックいわく、理論上はという触れ込み。

 もっとも、あながちハッタリとも言い切れない。事実、硬質化させた俺の腕に傷をつけられるほど切断力は高い。


「明日、買い出しと一緒にオジキの工房まで持って行ってやるよ」


 どうせ通り道だし。


「代金も、ひとまず俺が立て替えとく」

「心配するな。そのくらいの金ならすぐ工面できる」


 ヒビだらけのアスファルトを踏み締めて更に亀裂を増やしつつ、何やら自信ありげに告げる凶三きょうぞう


「アテでもあるのか?」

「ホウライは五十人超えの勢力と聞いた。それだけ居るなら相応溜め込んでるハズだ」


 そういうことか。だからあんなに急かしてきたのか。

 小火ぼや消しついでの小遣い稼ぎ。ますます災難な奴等だな。


「──ッ」


 呆れるかたわら、凶三きょうぞうが動いた。


 鞘を握る、抜刀時の正確な角度調整のため四肢で唯一生身の左手が、鯉口付近に取り付けられたトリガーを引く。

 俺が全力で引っ張ってようやく抜けるほど強固に刀身と鞘を接合させている電磁石の極が切り替わり、一転して凄まじい斥力せきりょくで弾き出されるブレード。


 その勢いを斬撃の初速へと利用し、斜めから斬り上げる右腕。

 下肢の強化外骨格によって地面に食いついているも同然の足腰が運動エネルギーを余さず刃先に乗せ、限りなく理論値に近い性能を発揮させる。


 ブレードが完全に振り抜かれてから、コンマ数秒。

 手榴弾を数発投げ込んでも平然と耐えただろう分厚いバリケードは、綺麗に太刀筋をなぞり、真っ二つとなった。


「またつまらぬものを斬ってしまった」

「最近そのセリフ好きだな、お前」


 この前は「寄らば斬る」みたいなこと言ってたっけか。自分で近寄りながら。

 アーカイブに残ってるアニメとか映画とか拾ってきた漫画とかにすぐ影響されて、決めゼリフがコロコロ変わるんだよなコイツ。

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