カズオォォォ!

@koichi-noribody

第1話、一人暮らし

カズシがサブスクでほぼお尻丸出しのKPOPアイドルの音楽を聴いていると、それが止まりスマホが鳴った。彼女からだ。


彼女の前でこのアイドルの音楽を聴いていると、嫉妬深い彼女にはいつも怒られていたが、一人暮らしをする様になったので彼女の目も気にする事無く優雅に聞いていた。

今まさに、このアイドルの音楽を聴いていたとは知らない彼女からの電話だと、いつも尻に引かれているおとなしめ男子のカズシは、ちょっと勝ち誇った感じになりニヤけて電話をとった。

彼女は彼女で、カズシの電話に出る声の感じがなんかいい感じなので、ちょっと甘い声で「も~、そんな声出して、どうしたの~」という感じになる。それがまたカズシを勝ち誇った気分にさせ、よりニヤけさせているのだ。

一人暮らし2日目、彼女とたわいもない会話が終わると、また尻丸出しのKPOPアイドルの音楽が流れた。




「今、下に着いたんだけど、目の前に停めちゃっていいんだよな?」

「あ、いいよ!いいよ!そのまま上がって来ちゃって。部屋は2階の202だから」


―千葉県、市原市・俣ヶ磨(またがすれ)3丁目17番地、メゾン木村202号室―

この3階建てのマンションに、ゴールデンウィーク明けから、工藤カズシは入居した。入居してから1週間が経った。今日は地元の友人二人が東京から遊びに来た。


「ハハハ、どうだった?」

「どうもこうもねーよ!もうメチャメチャ時間が掛ったわ!」

「ってかお前、本当に“へんぴ”な所に飛ばされたねー。俺だったら、こんなトコに来んなら、そんな会社辞めちゃうけどねー」

「いや、オレだって初めは辞めたいくらい嫌だったよ。でも来年結婚すんじゃん。だからスグに辞められないんだよ。それに2年我慢すれば、また東京の本社に戻れるからさー」


カズシが勤務している会社は、「鎌倉製鉄」である。

製鉄会社ではかなりの大手だ。カズシは大学を卒業してスグに入社した。四年間は勿論、都内の本社勤務だったのだが、会社の規定が最近変わり、社員達は皆「本社勤務の者は2年間工場へ出向!」という命令を余儀なくされた。

これをクリアしなければ、昇進が出来ないシステムになってしまったのだ。


「鎌倉製鉄工場」は千葉県の東京湾沿いにある。この辺りは工場地帯になっていて、他にも大手の製鉄会社等たくさんの工場が立ち並んでいる。

カズシはここで「ターミナル部門・検査副所長」という役職で出向している。名前は堅苦しいが、何てことは無い工場内の一番でかいベルトコンベアーの見回り担当というだけだ。バイトでも出来る仕事様な簡単な仕事である。


もともと「文京区・千石」出身のカズシは、死ぬまで東京を離れたく無いと思っていたが、決まってしまったものは仕方がない。来年にはマサコとの結婚を決めている以上、今ここで辞める訳にはいかないのだ。


…それにしても、“へんぴ”な所に住む事になった。マンションは会社が用意してくれたもので、建ったのも割と最近でとてもキレイだが勤務地の工場までは、車で25分離れた所にある。25分…田舎道での25分はかなりの距離になる。


周りには本当に何も無くて、コンビニに行くにも車が欠かせない。民家ばかりで、夜になるとその民家の明かりも早々に消え、辺りは真っ暗、漆黒の闇になる。

22時を過ぎる頃、外から聞こえてくるのは、まだこの時代にいるのか?と思う近くの国道を走る暴走族の爆音か、コオロギか何かの虫の鳴き声くらいだ。


「でもさー、夜になるとここら辺メチャクチャ恐くねー?オレ絶対こんなトコで、一人暮らしなんて出来ねーよ」

「まぁー初めは“なんだここ”って思ったけど、慣れると静かでいいよ。ずーっと住むわけじゃ無いし、今のところはなんか新鮮な感じでそこそこ楽しんでるんだよね」


カズシのマンションはワンフロアに三部屋が有る。一階には大家さんが住んでいて、後の2部屋はまだ誰も住んでいない。

二階は角部屋に“お水の女”が住んでいて、反対の角部屋にはまだ誰もいない。後は真ん中の部屋にカズシだけ。勿論“お水の女”は夜に家に居る事は無い。

三階も二部屋は空いている。三階にいたっては、男女どちらが住んでいるのか分からなかった。いつも静かなので本当にいるのかと疑うほどだ。

この不景気だからか、これだけキレイな物件でも空室が多かった。会社も安く借りる事が出来たので、ここを選んだのだろう。


カズシ自身、キレイなマンションの割には入居者が少ない事で最初は(お化けでも出るんじゃ無いのか…)と疑ったりもしたが、冗談半分で初日大家さんに聞くと、「こんな田舎町、この不景気でなかなか入居者がいない。ただそれだけですよ」と笑って答えてくれた。まぁそうかなとカズシも納得した。


今は初めて東京から離れての緑が多い環境。

静寂の中にも刺激を感じ、新しい日々を送り出していた。

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