第5話

 次の日、またも朝倉は自販機に寄ることになった。

自販機の前に立つと飲み物を買う前に、あの小銭口をのぞいてみようと思い始めた。誰かが拾ったに違いないと手を入れてみる。さぁ、どうだ!


「……あっ」


 冷たく平べったい物が指に触れて感じ取った。結局、一枚の百円玉は誰にも見つからず、その場に放置されたままだ。朝倉はその場を動かず一時停止したようになっていた。そして昨日の続きのように悩んだ。

 コレはどうするか? ここまで来たなら自分から渡した方が良いのだろう。だが朝倉は柳川とは顔を合わせたくはない。目が合うだけで自分の頬が痛みだす、ただそれだけの理由だ。


「じゃあ、誰に渡すか?」


 三島奈々か、こちらが説明するのに面倒臭そうだし、それに彼女とはあまり話したことがない。だったら教師で良いかもしれない。なら簡単に事は終わる。

 朝倉はそう決めて、小銭を取り出して、持って行くことにした。

 その場を動こうとしたところ、後ろから人の気配がした。「何しているの? 早くしてもらわないと私が買えないじゃない」と、女子の声だった。

 朝倉はとっさに後ろを振り向くと、そこには柳川が立っていた。彼女は真顔でこちらを見ていた。朝倉はいつ来ていたのだろうかと、気配すら気付かなかった。


「ああ、ゴメン」


 と、朝倉はその場を去ろうとした。すると柳川は聞いてきた。


「そういえばアンタ、昨日、居たわよね? お金、見なかった?」


 朝倉は立ち止まった。思い当たる言葉を聞いてその場に止まる。


「どうやら私、百円を取り忘れたらしくて、それでアンタ昨日、居たでしょう、見なかったかしら?」


 柳川は朝倉の背中に語りかけていた。それでも朝倉は振り向かずにいた。彼女は自分から、お金が足りない事に気づいたみたいだ。

 朝倉はポケットに手を入れて、百円玉一枚を取り出す、それを柳川へ見せた。


「コレの事か?」


 と、聞くと。柳川は朝倉が握っている百円玉を見つめ始めた。「遠くて見えない、近くに寄ってもらわないとわからない」と、言われて朝倉は仕方なく柳川に近づき渡そうとした。

するとその瞬間、握っていた小銭を、無意識に指で弾いてしまい「あっ!」と、声に出した。

 なんてことをしてしまっただろうか。一枚の百円玉は彼女の白いシャツの胸元付近に当たる。そしてバウンドして地面へと落ちていった。

柳川は目の前に落ちた百円玉を無言で拾った。彼女はその小銭を確かめて言った。


「アンタ、モノを投げるクセがあるのね、コレは驚いたわ」


 柳川は真顔で近づき、右手を朝倉の腹に一発、拳を浴びせた。朝倉はその衝撃で地面にしゃがんでしまった。だが手加減はしたのだろうか、胃の中から噴き出すほどでもなく、そこまでの痛みはなかった。

 柳川は朝倉の横に、百円玉を静かに床へ置いた。


「その百円、もう要らないから、アンタにあげる」

「ハハハッ、相変わらず暴力が激しいな」

「ふん、お行儀の悪いアンタには言われたくはないわ。それに意地悪されたことも」

「そうですか……」


 柳川は朝倉を置いて去って行った。艶やかな長い髪が日差しに反射して、朝倉の視線をさえぎっていた。

横に置いていった百円玉は、ありがたくいただく事にした。むしろ、彼女からの賠償金のつもりでいただくのも良いだろう。情けないが「どうも」と一言添えて一枚の百円玉を自分のポケットへと入れた。


 授業がはじまってからいっとき経つ。すると腹へのダメージが後になってやって来た。こんなに午後が長く感じるとは。これは百円で済むような事ではないだろう。アイツ、本気でぶつかってくるな。

 横に座っていた早川(はやかわ)から不思議に見られてしまった。あまりに顔色が悪かったのか「朝倉、大丈夫?」とまで聞かれた。「ああ、大丈夫、なんでもない……」と、答えていたが、授業が終わると朝倉は結局、保健室へ向かった。最後の時間を乗り越えそうになかったからだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

憂さ晴らしの日に 雨森アマ @maihama_fuma

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ