第八章 龍星と巫
その日の夜は、異常に静かだった。
「……楽しいな…しょうちゃんがいる戦……きっと楽しいだろうな………、ああ愉快だ……。」
羅喉様は機嫌が良さそうだ、心なしか珍しく目元が笑っている。
命が奪われる戦が楽しいなんて、絶対に間違っている。その事を伝える為にも、翔烏はこの勝負、必ず勝たなければならないと思った。
羅喉様は巨大な鬼の姿に変わり……雄叫びを上げた。
それを合図に、『合戦』は始まった。結兎の家の座敷わらし、はちはちとこいこいは、毬を駆使した抜群のコンビネーションを見せて羅喉様の注意を反らす。
翔烏は、真っ直ぐに羅喉様の元に向かった。真っ赤な火炎を放射する。対する羅喉様は、真っ青な火炎を口から吐き出した。二つの炎がつばぜり合う。
炎のつばぜり合いは、翔烏が優勢だ。この機を逃すまいと、妖怪達が不意打ちを仕掛ける。
その時、羅喉様の脊髄が伸びた。不意打ちは失敗した。が、
炎のつばぜり合いに、勝った。羅喉様にダメージを与えられた。しかし、ダメージを与えられたにも関わらず、羅喉様は動揺しない。それどころか、
「……ク…ククッ……クハハハハハハ!!」
笑っている、笑っている羅喉様は初めて見た。完全にこの合戦を遊びだと思っているらしい。
「楽しい…楽しいぞ…!それでこそ遊び甲斐がある…!……良い事…教えてやろうか……?我らは……生まれ直す…!真に自由な存在になるのだ……!!」
「我らはこの幾年月もの間……力を癒していきた……!遂に機が熟したのだ……!もうじき生まれる………来てみろ……『外』まで……見せてやろう……!」
『外』、というのはまさか、あの『外』なのか?考える間もなく、巨大な鬼の姿をした羅喉様が…大量に現れた。
「…オイオイ…こりゃあ悪夢だぜェ……。」
心見がぼやく。この状況は、自分を外に誘導する為の罠だ、と翔烏は思った。しかし同時に、この状況を打破するには、相手の土俵に踏み入るしかないとも思った。
「皆!宇宙に羅喉様の本体がいる!聞いたんだ!行ってくる!!」
鬼の羅喉様を退けつつあの世の出入り口…鏡まで走る。妖怪達も援護してくれる。何とか要石の前まで来られた。
ケイトに跨がり、空目掛けて飛ぶ。宇宙空間でも、魔法で何とかなるはずだ。羅喉様の目的は、『私』と遊ぶ事なのだから。
宇宙空間に、突入した。思った通り、大丈夫だった。辺りを見回すと、ドクン、ドクンと脈打つ球体があった。
「祝福しろ…、我らは漸く『生誕』する…。」
その球体から、羅喉様の声が響いた。
瞬間、球体が更に脈打ち、巨大になり、何らかの形を作り出した…。
有機物と機械が混ざった様な不気味な竜が、姿を現した。これが、羅喉様の真の姿だというのだろうか?
恐ろしく巨大でおぞましい姿…しかし、ここで尻込みする訳にはいかない。皆を…この星を…守らねばならない!
第二の戦が、再び羅喉様の雄叫びによって始まった。
二人の攻防は続く。攻防の末、どうやら羅喉様の興奮は最高潮に達したらしい……。地球を覆い隠さんばかりの巨大な弾を作り、それを圧縮して放ってきた!その先には地球がある!
「止めろおおおおおおお!!!!!」
翔烏はその弾をバリアで覆って羅喉様に押し返した!
しかし……駄目だった。手応えはあったが致命傷にはならず、更に攻撃を受け……遂に翔烏は力尽きた。
意識が朦朧とする最中、翔烏は思った。
「嫌だ……まだ、終われない……。だってまだ、本当の友達に…なってない……!ならなきゃ…!なりたいの!!」
翔烏の想いに応える様に、ケイトが輝き始め、翔烏を包み込んだ…まるで、太陽の様な輝きだ。
輝きの中から、ケイトを大きくした様な龍が姿を現した。…翔烏だった。第三の戦が幕を開ける。
戦いの最中、両者は大気圏に突入。その姿は、まるで流星のようだった。
「負けるな!」
「頑張れ!」
「行けー!」
妖怪の念が、翔烏に流れ込んでいく。戦況は、確実に翔烏の方へ傾いていた。
動きの鈍った羅喉様の隙を付き、翔烏は炎を吐いた。
…羅喉様の肉体は消滅し、元々の霊の姿に戻った。
かつて記憶の中で見たものと同じ、片方の目が極端に小さく、もう片方の目は丸く剥き出しになった小さな胎児の様な姿だった。
落ちていく羅喉様を、翔烏はそっと手で受け止める。そして…自らの魔力を使い、二つ目のお祓い棒を作り出した。
「あんたにずっと借りてたものを返す。だから、もうぐずらないで。」
「あんたは自分が何をしたのか分かってない。誰かが分かるようにしないといけなかったのに。だから龍巫として、友達として、私がこれから教えるよ。だから、あんたはいらない子なんかじゃないよ。」
その言葉を聞いた羅喉様の目には、涙が浮かんでいた。瞳孔が開いている、嬉し泣きだ。
翔烏は自身とケイトを分離させ、羅喉様と融合させた。
翔烏は、そこで意識を失った。全ての魔力を使い果たしたのだ。
しかし、ケイトと羅喉群憤餓主が融合した物……卵が、第二のお祓い棒で力を発揮して球状のバリアを作り出した。二人は共に鬼鳴市に帰還した。
翔烏達の戦いは終わった。
「もうすぐ、もうすぐですわ!」
「あっ!生まれた!可愛い!」
「おー、間違いなく尻尾に付いてんな、力を封じ込める輪っか。流石イザナミ様、やるときゃやるなァ」
「お誕生日おめでとう!あんたの名前は…『チケプ』だよ。」
「…プケ」
かつて呪われた存在だったもの、チケプは、今日初めて祝福を受けた。
感謝の意を示すかの様に、翔烏にすり寄る。姿は、どことなくケイトに似ていた。
「プケプケ!」
「うん…!全部教えるからね…!」
羅喉群憤餓主が犯した罪は、消える訳ではない。しかし、罪を意識して受け止め、前に進む事は出来る。
二人と仲間達は、これからも進んでいく。
**********************
昔々、白い髪と赤い瞳を持った龍巫がいました。
羅喉群憤餓主はその龍巫を愛していました。愛するあまりに他の全てを滅ぼそうとしました。
龍巫は仲間達と共に羅喉群憤餓主と立ち向かいましたが、あと一歩のところで敵いません。
最早滅びるのを待つだけかと思われたその時、継辰が龍巫の祈りに応え、龍巫は白龍の姿になりました。龍巫は第二のお祓い棒を作り出し、羅喉群憤餓主を、生まれ変わらせました。
二人は本当の友達となり、いつまでも幸せに暮らしましたとさ。
(「続・龍巫草子」現代語訳)
猛る陽の龍巫 とらたつみ @toratatsumi
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