13
「……井上くんは、なんで? なんで、キサラギに会うの?」
円花が、彼の返答によって傷つくことを恐れながら、それでも問うと、井上くんは小さく首を傾げた。
「キサラギに、それは訊いてないの?」
「……教えてくれない。それは。」
キサラギにそれを訊くと、彼はいつも適当に円花をはぐらかした。俺のこと好きだからじゃない、とか、ヤりたいんだよ、とか、神からのお告げ、とか。ちゃんとした返事をもらえたことは、一度もなかった。
「……そうなんだ。」
呟いた井上くんは、嬉しそうに見えた。声のトーンは変わらない。表情にも変化はない。でも、彼の目だろうか、なにかが一瞬嬉しそうに輝いた。円花にも、その気持ちは分かった。それ以外のことならば、キサラギはなんだって平然と円花に話したから。観音通りでの井上くんの言動も、どんなセックスをするのかも、ピロートークの内容すら、円花はキサラギから聞いて知っていた。そのキサラギが、話さないこと。そんなの、嬉しいに決まっている。特別、みたいで。
「なんでなの?」
井上くんとキサラギの間にある、絆にも似たものをじりじりと感じて、円花は悲しくなりながら、問いを重ねた。答えを聞くことで、もっと悲しくなるかもしれない、とは思っていたけれど、それでも知りたい気持ちが上回った。どうしてもまだ、円花は井上くんを好きでいた。どうしても、まだ。
「……たまたまだよ。」
「たまたまで、男のひとを賈う? 井上くん、のんけでしょ?」
「のんけなんて言葉、よく知ってるね。」
「キサラギに教わったの。」
井上くんと円花は同い年なのに、子ども扱いされているみたいで悔しかった。ただ、扱われているだけではなくて、本当に子どもだから、余計に悔しいのだと分かってもいた。
井上くんは、少しの間黙って、じっと、観音通りの奥につながる薄暗闇を眺めていた。その奥に、キサラギがいる。円花は井上くんの横顔を見つめていた。彼の横顔ばかりを見つめている、と、そう強い寂しさを感じながら。
「姉貴がね、」
ぽつり、と、井上くんか口を開いた。
「死んだんだ。キサラギに惚れて。」
「……え?」
話しについて行けず、円花はきょとんとして、背の高い井上くんをじっと見上げた。井上くんは、困ったみたいに少し俯いて、苦笑した。その表情は、やっぱり円花がこれまで見たことがないものだった。一見穏やかだけれど、その穏やかさのずっと内側に、なにかひどく虚無的な色がある。
「それだけだよ。……それだけ。」
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