じりじりと照りつける太陽が、ワイシャツの背中を焼く。布ごしでも日焼けしそうだ、と、不安を感じながらも、円花は足早に観音通りを行き来していた。何度も同じところを往復する制服姿の少女は目立つらしく、ごくまれに立っている娼婦たちが胡散臭そうな顔でこっちを見る。そのたびに円花は身をすくませそうになりながらも、強がって何事もないみたいな顔をしてその場を通り過ぎた。娼婦たちの中には、円花と年齢が変わらないような少女もいて、そのことも円花を驚かせた。

 なんで、売春なんかしてるんだろう。

 性的な経験なんかない円花には、娼婦たちの仕事を具体的に思い浮かべることすらできなかったけれど、その疑問は頭を離れなかった。なにか、事情があるのだろう。そんなふうに物わかりのいいふりをしてみても、円花にはその『事情』だって具体的に思い浮かべることはできない。

 やっぱり、来なければよかった。

 何度も何度もそう思った。ここで井上くんを見つけられなかったら本物のバカだし、見つけられたとしたら、あまりにも自分とはかけ離れた世界に足を踏み入れている井上くんがひどく遠く思われて、ただただ悲しくなるだけに思えた。

 ……帰ろうかな。

 繰り返しそう思った。何度も、数えきれないくらい。頭の中をその考えで占拠されていたとも言う。けれどそれを実行に移さなかったのは、やっぱり笙子の白い顔が目の前にちらつくせいだ。

 彼女ならば、娼婦たちの仕事内容も知っていて、彼女たち銘々の事情にきちんと思いをはせることもできるのだろう。きっと。

 そう思うと、なんだか悔しくなってくるのだ。自分が全然子どもなのは、笙子のせいなんかではないと分かっているけれど。

 そうやって円花が、もう何度目かも分からなくなりながら観音通りを往復し、さすがに疲れてきて、もう本気で帰ろうか、と思った頃、辺りには薄い水色の浅い夕暮れが落ちてきて、観音通りに立つ娼婦たちも、どこからかわきだしてきたみたいにいつの間にか数を増やしてきていた。円花の心臓的には、その本領を発揮しだした観音通りの様子を見ているのは、そろそろ限界だったのだ。

 ……帰ろう。笙子には謝って、ここにはもう、来ない。

 頭の中でそう呟き、円花は観音通りを抜けて駅の方へ向かおうとした。そしてそのとき、観音通りのメイン通りではなく、路地裏の方から出てきた井上くんを見つけたのだ。彼は、黒い服を着た、ほっそりとした人影と寄り添うようにして歩いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る