プロローグ2 10歳の再出発

「ハッピーバースデー!ニア」

黒猫ニアは拾われた日を誕生日として祝われ、ごちそうをもらい「にゃーん」とご機嫌に返事をした。


「お返事できるなんて、うちの子は天才だ!」

アレクシスもエドワードもすっかり猫馬鹿の仲間入りをしている。


しかし、体が大きくなった分ニアの行動範囲も広がり、いたずらの被害も大きくなっていた。


ある日、ニアは本をガジガジとかじって叱られることになる。

それはアレクシスが借りてきた本だった。しっかりと歯形が付いてしまったのを見て、アレクシスは思わず声を荒らげてしまった。


「ニア! またそんなことをして! 何度言ったらわかるんだ!」

ニアは、その剣幕に驚いた。

そして今度は不機嫌に小さく「ニャア!」と鳴くと、プイと顔を背け、小さく開いていた窓から外へと飛び出してしまった。


「お外の方が楽しいな!」

「ああ、ニア!」


アレクシスは慌てて後を追ったが、ニアの姿はもう見えなかった。

「出ておいでよ、もう怒ってないから」


「僕が、叱ったからだ……。

兄さんなら、怒ることはなかったはずなのに……」


エドワードはいつも、「この子には自由にさせてやればいい」と言っていた。アレクシスは兄の言葉を思い出し、胸が締め付けられるようだった。


「いつものことだよ。猫はきまぐれ、すぐに帰ってくるさ」とエドワードは弟に言ったものの、彼もすっかり落ち込み絵筆をもてないようだ。


猛スピードの車が、ニアの小さな体を無慈悲に跳ね上げた。痛みを感じる間もなく、ニアの意識は闇に包まれた。——最愛のアレクシスの名前を、心の中で叫びながら。


彼らの願いもむなしく、アレクシスの元に、黒猫が交通事故で亡くなったという知らせが届いた。アレクシスがつけた首輪が目印になった。


酔っ払い運転の魔動車にはねられ即死だったらしい。

「黒猫が悪いんだ、こんなもの、夜に見えるわけないだろ」と運転手は悪びれもせず文句を垂れた。


アレクシスはベッドに崩れ落ち、両手で顔を覆い、一晩中泣いて後悔した。



猛スピードの車にひかれたニアは痛みを感じる間もなく、フワフワと浮かんでいた。そして虹の橋を渡る際、アレクシスの顔を一瞬だけ見ることができた。

——ありがとう、でも泣かないで。


この言葉はきっともう届かない。それでもニアはニャーニャーと必死で叫んだ。

橋を渡りきると、光に包まれた不思議な場所に立っていることに彼女は気づいた。


「ここはどこ?とってもきれい、でもなんだか、静かすぎる」

「よく来たね、小さな毛玉の魂よ」


温かい声が響く。振り返ると、動物たちに囲まれた優しそうな女神様が立っていた。慈愛に満ちた女神のまわりには、銀色に輝く動物たちが星空のごとくキラキラと浮遊していた。


「あれは何だニャ?」

「転生前の動物の魂なのよ、これから1匹ずつ魂が求められる場所へと生まれ変わっていきます。

さて、ニアさん、あなたは短い生涯でしたが、とても愛されて生きましたね。そして正直に生きてきました」


そう、彼女は飼い主アレクシスにたくさん愛してもらったのだ。


「その愛に応えるため、もう一度チャンスを差し上げましょう。今度は人間として生まれ変わり、幸せになりなさい」


女神が微笑むと、光に包まれた世界へと吸い込まれていく。


「生まれ変わりのアフターサービスとして、特別な計らいをしましょう。ただし、転生先は、あなたの魂が最も望まれている場所です」


ニアの魂が望まれている場所とは?


ニアの視界に未来の家族が見えた。よかった、家族には笑い声が満ちている。でも、そこはあまり裕福な家ではないようだ。


「神様、私、早く働きたい!大人にしてください、働いて家族を助けたいから」


「そうねぇ、20年の月日は無理と言うものよ、新人の私では能力が足りないわ」


「じゃあ、10年!10年でいいから!」


女神は少し困ったように眉をひそめたが、やがて微笑んでくれた。


「わかりました、では、特別に10歳の姿で転生させましょう。これは、あなたへのささやかな贈り物です」


そうして、黒猫ニアは、片田舎の貧しい男爵家の10歳の娘として転生した。新たな名前はミア。

古い木製の天井からは、古ぼけた魔導ランプが優しい光を落としていた。


「こんにちは、やさしそうな新しい家族。

そして、15歳……、聖アルカディア学園。

大好きな飼い主様、会いたいよ」


そう、そこへ行けば、彼に会えるのだ!

彼女は決意した。その瞳は未来への希望に満ちていた。


あんなエリート校無理だと言う村人も多かったが、ミアは執念で机にかじりついた。


おまけに彼女を悩ませたのは、抜けない前世の猫の癖。

猫言葉に、爪とぎはもちろん、日なたがあればすぐに丸まってひなたぼっこがしたくなる。


それでもミアは田舎貴族として、「元気ながり勉、田舎令嬢」にレベルアップ。

空色の瞳に黒髪をなびかせ、エプロンドレス姿で走り回り村の雑用もこなした。


「ミアちゃん!また頼むよ!」

「迷子の家畜も、畑を荒らすイタチも任せて!」

特に自慢なのは誰にも負けない足の速さだった。



合格の報せは村中に広がり、お祭り騒ぎ。

「ミア様がエリート校に!村始まって以来の快挙じゃ」


そして旅立ちの日。手を振り続ける村人たちに、ミアは涙を拭わず、前を向いた。


「それにしても、重い」

背負った荷物には村人からの餞別がぎゅうぎゅう詰め込まれている。

その姿はいかにもお上りさん。


村特産の乾燥ダミドクの葉。

これがあれば寝冷えしても安心、お腹にいいお茶なのだ。


そして全ポケットに護符を忍ばせる。盗難、怪我除け、家内安全、世界平和。一番大事なのは、祖母から授かった青い石の護符。


しかし、護符は迷子には効果がなかった。


「うわーん!迷子!学園に辿り着けるのかな!?」

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