猫かぶり転生令嬢は、二度目の初恋を夢見る

チャイ

プロローグ 黒子猫は暴れん坊キャット

シトシトと雨が降る、薄暗い路地裏。一匹の小さな黒猫が、寒さに震えていた。(お腹すいたにゃ…ママはどこにゃ…?)鳴いても、返事はない。冷たい雨粒が、さらに体温を奪っていく。


(もうダメかにゃ……)

諦めかけたその時!


「やっぱり、いた!だんだん声が小さくなったから心配したよ」


頭上から、優しい声が降ってきた。見上げると、そこに立っていたのは、優しい笑顔の少年!手に持った魔導ランプが、子猫を優しく照らしている。


「迷子になっちゃったの? 大丈夫、怖くないよ」


身なりの良い少年は、濡れるのも気にせず、しゃがみこみ子猫に手を差し伸べた。


(この人なら、信じてもいいかも……!)


「にゃあ」

思わず甘えるように鳴くと、少年はパッと顔を輝かせた。吸い込まれそうなラピスラズリの瞳が、子猫をじっと見つめてくる。


「よし、うちにおいで! 」


こうして、黒猫はアレクシスという名の少年に拾われ、「ニア」と名付けられた。

同じく動物好きな兄エドワードも子猫ニアにメロメロになった。


「この猫ちゃんは、おとなしそうだね。天使みたいだ」「そうだね、この子は可愛いし、おとなしいよ!」


アレクシスも、そう信じていた。まさか、あんなことになるなんて……!



翌日、アレクシスが学校から帰ってくると――


「うわああああああああ!!」


部屋が、戦場と化していた!


カーテンはビリビリ、本は散乱、机の上の魔導ランプはひっくり返り、中身が飛び散っている。ペン立ても倒れ、筆記具があちこちに散らばっている。そして、当の本人であるニアは、本棚の一番上で、涼しい顔で毛づくろいをしていた。


「ニ、ニア!? これは……」


「にゃ~ん♪」


まったく悪びれる様子もなく、むしろドヤ顔で鳴いている。


「エドワード兄さん!!」


慌てて兄の部屋に駆け込むと、そこはさらに酷い有様だった。絵の具が床にぶちまけられ、キャンバスには小さな肉球の跡がベタベタと付いている。しかし、兄は――


「おお! これは素晴らしい!!」

目をキラキラ輝かせて、ニアの「作品」を凝視していた。


「兄さん、ごめんなさい! 弁償します!」「弁償? 何を言ってるんだ、アレクシス。見てごらん、この色の組み合わせ、この躍動感! まさに天才的じゃないか!」「えっ?」

「この子は芸術の才能があるよ! 僕の絵よりもよっぽど生き生きしている!」


エドワードは嬉しそうにニアを抱き上げた。ニアも気持ち良さそうにゴロゴロと喉を鳴らしている。


「でも……」

「『でも』じゃないよ! この子は退屈してるんだ。もっと遊んであげなきゃ!」


そう言って、エドワードは紐を取り出した。ただの紐だが、猫の目の前でヒラヒラ揺らすと、ニアの目がキラーンと光る。


「うにゃあああ!!」


ものすごい勢いで紐に飛びかかるニア。その身体能力の高さは、普通の子猫のレベルを超えていた。


「お見事! すごいジャンプ力だぞ! 運動神経抜群だ、君に似たんだね、我が弟よ!」

「兄さん……この子、全然おとなしくないです」

「おとなしい? つまらないよ、そんなの! この子はきっと、もっと楽しい毎日を送りたいんだ。そうでしょう、ニアちゃん?」


「にゃ~ん!」


それから毎日が、大騒ぎだった。


朝起きると、ニアは必ず何かやらかしている。花瓶を割り、カーテンをよじ登り、夜中に大運動会。


そして何と言っても、脱走が好き!

「こら! 事故に遭うのが心配だ! もうどこにも行かないで!」


アレクシスがいくら叱っても、どこ吹く風。木登りも大好きらしく、屋敷の高い木の上にいるのを何度も目撃されている。


近所の猫たちからも「もっと飼い猫らしくしないと、追い出されるぞ! 飼い主に愛想を尽かされてるぞ!」と説教される始末だった。


ある日、アレクシスの家に、幼馴染の少女が遊びに来た。


セレスティア・ヴァンドーム――公爵家の令嬢で、完璧な立ち振る舞いと、上品な佇まいを持つ美少女。二人とも読書好きで、よく本を貸し借りしているらしい。


「15歳になれば、聖アルカディア学園の図書室が使えますわね」「そうだね! あの本の海、早く行ってみたいな!」


いつも独り占めしているアレクシスをとられたようで、少し寂しい気持ちのニア。


そして彼は幼いながらも、学校の授業に加え、貴族として家庭教師からマナーを学び、乗馬も習わなければならない。覚えることは山ほどあった。


一方、長男である兄エドワードは、芸術家肌で自由奔放。それでいて神経質なところもあるため、器用で責任感も強いアレクシスに、過度な期待を寄せるようになっていた。


アレクシスはお手伝いさんの作ってくれたお気に入りのクッキーを急いで食べ終えると、もう一度ニアを撫でた。

ニアが膝の上にぴょんと乗ってくるそれだけで少年の心は癒された。


「君は僕の大切な家族だからね」

ニアは満足そうに、ゴロゴロとのどを鳴らした。


今は無邪気な黒い子猫。

一年後、彼女は人の姿を得る。

ただ一つ、変わらない想いを胸に。——愛するアレクシスを、この手で守りたい。その願いを叶えるため、少女は国一番の名門学園を目指すことになる。

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