第6話

「奏太が死んだ? 吉野も?! 遺体はどうしたんです!?」


「不明だ。本部の式神からの報告だけだからな」


「何にやられたの? 妖? 呪詛士?! 教えてくださいよ、隊長!!」


ざわめく八咫烏本部に叫びが木霊する。


難しい顔をした初老の男。八咫烏隊長、八神 惣治郎は部隊員から質問攻めにあっていた。

彼自身、事が起こったのを知ったのはつい先ほどのことで、仲間たちに説明できる材料を持ち合わせていない。

ざわめく本部の中で唯一冷静なのは、朱里と惣治郎だけであった。


「死神、なのか?」


「分りません。こんなこと、今までは一度も……。いえ、そういえば。資料を見る限り、過去にも何度か部隊員が戦地から戻らない事象はあったようですが」


「これは非常事態ではあるが、緊急性は要さない。なぜなら死ぬことはすでに織り込み済みだからだ」


「問題は何にやられたか、です。残穢もほぼなく滅却されているとは……妖ではなさそうですね」


「そうだな。考えうるとすれば、安パイなら呪詛士だが。考えたくないのは同業者だな」


「同業者……」


惣治郎の予想はいつも当たる。少し、朱里の顔がゆがんだ。

嫌な予感はしていた。だがこれも、いつものように、解決できる事柄だと。


そう考えていた。





時は経つ


「お前が死神だったとは。驚きもあるが意外のほうが大きいな。九条七観」


「お久しぶりですね、惣治郎さん。十年前の局地事象以来でしょうか」


「さて、絡繰りも分かったし国が何を考えていたのかも理解したつもりだが……。すまない」


「大丈夫です、慣れてますから」


「八咫烏としては君を通すべきなんだろうが、私個人としてはここを抜けられると非常に困るんだ、だからね」


「……はい」


「この老骨を相手にしてくれると大分助かる。これは八咫烏の意志ではない、私個人の我儘だが」


そう言って、惣治郎は幻灯流の構えをとった。朱里とは違う、完璧な位置取り、一分も隙のない構え。


「分ってますよ、≪子供のころから≫貴方はそういう人でしたからね。俺も出来れば殺したくはなかったし、必要もないですが……。これも仕事です。許してくれなどと今更ほざく言い訳もありません。じゃれ合いをする時間はありませんから、一瞬でケリをつけましょう。邪魔をするなら、惣治郎さん。貴方を今、ここで殺します」


黒白は朱里を相手取っていていない。黒鈺も白界も残命限界。

だから。

七観は地面に円を描く。まばゆい光が円からあふれ出し、瞬きのうちに。


少女が、そこに、立っていた。一見、黒髪の小柄な少女といった風貌だが。ソレは。


ソレは、少女、と簡単に形容していいのか分からない。明らかに異質。空間がチリついている。人間の普段忘却した本能を引き戻すようなそんな凄みがある。

一切の隙がないのだ。惣治郎の構えからくるものとは違う。構えていない素の状態からすでに、近づかなくても近づいても一瞬で殺されるであろうヴィジョンが浮かぶほどに。


そう、それは恐怖である。



惣治郎の手に汗がにじむ。だが、惣治郎にも引くわけにはいかない理由があるのだ。


「≪昔≫のように、加減は必要ないぞ。私も強くなった」


精一杯の強がりだった。老体となっても、その意思は昔と何ら変わらなく。


「でしょうね。伝わりますよ。気迫も伴う実力もね。だから俺も全力で行きます。覚悟は…………。できているな、惣治郎!!」




少女の瞼が開く。


―――


少しのあと。

決着はあっけないほどに一瞬で着いた。



結果は言うまでもない。

人間では……仏様には敵わないのだ。



―――



「あ、あ……隊長……。みんな、わたし、わたしのせいで」


朱里は膝をつき、泥にまみれていた。握り拳をぬかるんだ地面に叩きつける。


黒白を倒し退けた、というよりは、黒白は撤退した、というほうが正しいか。

急に覇気が無くなり、闇夜に消えた。

朱里は封印を強固にして急いで下山しようとしたとき、山道の方から、微かな血の臭いを感じた。


嫌な予感はしていた。


そこには、頭を砕かれた惣治郎の姿があった。自分の師であり、八咫烏の父でもある、八神惣治郎の姿が。

周りの戦闘の跡は一切なかった。と、いうより、静かすぎた。辺りの痕跡がなさすぎる。

惣治郎の刀技をもってしても、いや、これほどの達人が、戦わずに死ぬわけがない。

ということは、一瞬で決着がついてしまったということだ。相手がよほど格上だったとしか思えない。


朱里の心の中は絶望しかない。このタカマ山大結界を封じるために、自分のエゴのために犠牲が多すぎる。

奏太、黒彦、義久、祭、惣治郎。見知った顔。

知らぬ顔でも、多くの仲間が死んだり、行方知れずとなった。


思えば、自身が副隊長になったとき、いいやもっと前。

最強の八咫烏と言われた先代の隊長だった母のように誰かを助けたい……妖を祓いたい、と、おぞましくも思った時から、自分の周りの歯車に亀裂と軋みを生んでいたのだ。


一族の葛木流憑神術が使えない自分の、自分には釣り合わない、身の丈に合わない願い(エゴ)だった。そう自覚したとき、朱里の精神は確実に破滅へと向かっていた。


実際のところ、仲間たちが殺されなければいけなかった理由は分かる。

≪異形化≫だ。だがもしも、いやきっと。

別の結末もあったはずなのだ。仲間たちを助ける方法が。

だが、

今、彼女の精神を、辛うじて生き永らえさせているのは、そう。

あの、特別処理部隊『阿修羅』と名乗った、あの男。九条七観への復讐心だけであった。

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マヨイゴ奇譚 @seli1120

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