第2話
「誰かとも思えば義久もいるのか、久しいな」
「お前なンか、兄じゃない! 観世家の汚点、九条家ごときに拾われた忌子がッ!!」
ロボットのような人形をそばに置いた少年。少女の仲間であり、影を消し去ったであろう観世 義久は七観の返答に激昂して叫んだ。
「家柄にとらわれすぎだぞ。観世はそこまでいい家じゃない。あそここそ、根源……いや、信じてはもらえないか。ところで、朱里ちゃん」
少女、葛木 朱里は名前を呼ばれ、じっと七観を見る。
おおよそお勤めの服とは呼べない、返り血がべっとりついているくしゃくしゃのシャツに履き古したスラックス。中肉中背の体躯。今時では珍しいほどに黒い髪には白髪が混じっている。
同じ八咫烏の部隊員である、先日、義久から聞いてもいたし、聞く前からも何度も本部で見た顔だ。初めてではない。なんなら会話したこともある。
積極的にこちらから聞くこともないし、いつもどこの部署かわからないから、その風体から情報屋の類かと思っていた。
まさか、阿修羅だったとは思いもしなかった。
「少しは落ち着いたかい? 君は聡い子だ。現状はよくわかっているね。俺は俺のお勤めを果たした。それを目撃した結果として、君は俺たちを《罰成者》として刈ろうとした。これはよろしくない事態だ」
「……わかっているつもりです。ですが」
「こんな仲間殺しの答弁に付き合う必要なんてない、ここで決着をつけよう、朱里」
義久が口をはさむ。朱里は目で静止し、話を続ける。
「貴方の、七観さんの行動は、明らかにお勤めの範疇を超えているものです。だから私は八咫烏の使命を果たすために貴方を罰成者と認定し、《無力化》しようとしました。ですが決して殺そうとしたわけでは……」
「ほらみろー、ナナミ。クソニンゲンは嘘ばかりつく。だから言ったじゃない、こんな案件には首突っ込まないほうがいいってさ」
七観の隣にいた少年が口を開いた。中性的な顔立ちと声のせいで性別は完全にわからない。
先の戦いで、朱里の刀を止めた人物だ。人間なのか人形なのか。だが、人形が喋るなど通常はあり得ない。だから人間かもしれないが、阿修羅は七観一人の部隊と聞いている。
「なんです? 僕をジロジロみて。珍しいです? 完全自律型の人形は」
「完全?! 馬鹿な、完成していたなんて……それにこの顔は……まさか」
義久が驚きの声を上げる。八咫烏の資料保管庫にあった禁書。それに乗っている特級造物、仏様シリーズ。その顔にこの少年は酷似している。
「お前には言ってない、そこの女のクソニンゲンに言ったんだ僕は。お前は嫌いだ黙ってろ」
「なッ。人形風情が、操者に盾突くのかッ!!」
「お前は僕を作っても使ってもいないだろ、冷静に考えろよ馬鹿」
「黒白(コハク)少し加減してやれ。こいつ、いや義久は元、弟だろ」
黒白と呼ばれた少年は、口をとがらせ小石を蹴る。明らかに不機嫌になっている。
しかし妙なことを言った、観世家にそこまで兄弟はいなかったはず。それに、弟、とは? 年齢が明らかに釣り合わない。
だがもしも、彼が仏様シリーズならば関係はないが……。
「僕たちはいつも優しいですよ。ただ心底、この観世家ってのは憎たらしいわけで」
黒白は遠くを見ながら、吐き捨てる。
視線の中には義久も朱里も入っていない。在るのは七観の存在だけだ。
「はぁ、まあいい。今回はこれで手打ちとしようか、朱里ちゃん。君は何も見ていないし、俺もただお勤めを果たしただけ。これだけの事実。これ以上の争いは不利益だ」
「それは……」
「でもどうする? 今の八咫烏じゃあ、俺たちには到底勝てないよ。それこそ先代くらい強くなきゃね」
「先代…母さんを知っている? ……。あなたは一体、誰なんですか」
「俺は俺、九条七観さ。それ以上でもそれ以下でもない。ま、言えない過去はいっぱいあるが。また強くなったら殺しにきなさい。いつでもとはいかないが、暇なときに相手はする」
「……っ」
朱里は何も言えず、うつむいてしまった。
事実だ。今、朱里が任されている八咫烏の戦力では、彼らには到底勝てない。
「黒白、転移。またね、朱里ちゃん」
「バイバーイ」
作り笑いのような笑顔で七観は手を振る。黒白が印を刻むと空間が歪み、阿修羅の一団は一瞬で消え去っていた。
完敗、そうとしか言いようのない結末だ。
朱里は下唇を噛み、苦い表情で前を見据えていた。
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