第1話

「……参る!」


刀を構えた少女が、一拍を置いて前進した。その挙動に一分の乱れもない。

真っすぐに、妖を斬るための挙動である。相手が人であろうと。その行いに迷いなく。


対して。


符術を用いた戦闘を主としていると聞かされていた通り、青年は二歩下がり、形成符で練り上げられた槍を展開していた。

だが、一つ違いがあった。その傍らに、一人の少年がいた。少年というのは間違いかもしれないが少なくとも美麗ではあったから、分らないが。

少女の一息の行動の間に、そこに存在していたのだ。しかし少女は躊躇いなどなく、真っすぐに青年へと向かっていく。

認識するまでにかかった時間は、一秒にも満たない。


少女は斬る対象を変えていない。おそらくだが、少年は傀儡、人形である。よって操者からの何かしらの動作がなければ、動くことはできない。

よって、最速で青年を斬ることにした。


抜刀、刀身が青年に迫る。青年は動かず、槍も動く気配はなかった。

一刀で終わる。

はずだった。

だが。


「どうしてこっちは狙わないんですかぁ?」


突如として、何の前兆もなく少年が少女の切っ先を腕で止めた。刀と刀が鍔迫り合いを起こしたような音。弾かれる感覚。少女は動揺し、後ろに下がろうとする。

刀身を捕まれ、顔を近づけられた。花のような香りが鼻をつく。


「僕たちをなめすぎですよね?」


掌を腹にそっと押し付けられる。ポン、と軽く。

ジュウと何かが焼け付く音、痛みはない、が。これは。


「呪い、か!?」


「正解です『錠印 加重』」


腹に押しつられた呪いを点として上方からの力場が発生し少女を押しつぶした。重力が単純に倍加したような感覚。

少女は必至に力で抗おうとするが、この呪いは妖らが使う呪いとは性質が違うようだ。八咫烏の加護が効きづらい。

これは少女にしか効果がない、刀や地面にその力は及んでいない。


「どうしました? まさか大口叩いておいて、これで終わりなわけが……」


「あるもんかぁ!!」


少女は袖に隠された守り小刀を抜くと、腹の呪印が刻まれた箇所を軽く祓った。呪いが一瞬で霧散する。


「ですよねぇ!」


少年は嬉しそうに笑う。この呪いは人為的に似せて作られたものだ。自然発生したものじゃない。

少女は何とか立ち上がり、刀を鞘にしまい、構えなす。

近づけば、少年に阻まれる、なら広範囲に斬りこめばいい。少女は中段に刀を構える。


「仕切り直します!『迅鐘』」


少女が刀を抜いた瞬間、どういうわけか交差した網状の斬撃が地を削る。あたりに土煙が舞って、何も見えなくなった。

少女は二歩ほど下がり、下段に構えをとっている。

脅威判定を更新し少年を先に排除する。でなければ刃は届かない。


「あははは、無茶な剣技ですねぇ。でも嫌いじゃないですよ、そういうのは」


声が響く。少女の真後ろの土煙がわずかに動き、拳が、頭に向けて飛んできた。

小さな風切り音で気づいていた少女はとっさに技を切り替え、もう一度『迅鐘』放つ。自分の周りに、中空に向けて。

土煙が一気に消し飛ばされ、軽やかに斬撃を回避している影が映る。

少女は二歩下がり、もう一度、下段に構えた。


「『雷演』!!」


鋭くごく小さな抜刀の音。雷の如き超高速の抜刀術の切っ先は確かに少年の首を捉えている。

しかし、これでも。


「墨 重」


先の少年ではない声。空間に響く。

水のようなものが弾ける音。少年だと思った存在は、黒い液体で作られた偽物だった。

足元に違和感を覚え目をやると眼下には、広がっている影が、闇が映る。これは、まずい。誰でもわかる危険信号。

少女は咄嗟に上へと飛ぶ。高い跳躍は八咫烏の秘術の賜物。

それよりも、自分がいた一帯の地面から鋭い剣山のような杭がすさまじい速度で生えた。危うく串刺し。


「くッ…! 『削断』!」


空中で上段に構えた薄い刀からは、おおよそ想像のできない重い音と衝撃波とともに、杭の影ごと地面が抉れ削れた。


「墨 蛇」


またも同じ声。月の綺麗な夜だったはずだ。今や、どうしたことか、星も月もない。常闇、違う。これは。


影だ。


刀を抜き放った状態の少女。

真上から覆いかぶさるように、巨大な牙の生えた大口が、少女を飲み込まんとしている。


少女の使う『幻灯流』の真髄は、抜刀とそれに伴う居合にある。あまりの速度の抜刀に剣戟が幻のように見えることから名付けられるほどだ。

抜き身の刀で戦うすべが、出せる技がないわけではない。ただ、威力が足りない。すべての始まりが抜刀に集約している幻灯流は、諸刃の刃でもあるのだ。


やられる!?

少女の思考は一瞬で死の一色に染まる。


その瞬間強大な閃光があたりを包んだ。あたりの常闇と大口は消え去り、月に照らされた激戦の跡が分かる。

少女はおぼろげに着地し、すぐさま納刀し構えつつ辺りを見回す。

見知った顔の、同じ部隊、八咫烏の仲間が、そこにはいた。死んだと思っていた、仲間たちが。

その視線の先に。


あの人形遣い、忌まわしくもお勤めを果たしてきた青年が立っている。その周りに、あの少年、そして数体の人形を携えて。


「九条 七観!!」


「葛木 朱里……」


少女の叫びとも呼べる声に、苦い笑みを浮かべた青年が悲しそうに呟いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る