第10話 マリエール4
「部屋は同室になるがいいか?」
「はい、御主人様……貴方様のおっしゃるとおりにします」
俺はマリエールを受け取ると宿屋に戻った。
だが、ベッドが一つしかない。
狭いし、今は夏でくっついて寝るのは暑すぎる。
「すみません、連れができたんで二人部屋にかわれませんか」
「ああ、保護者の方に来ていただいたのね。ええ、1部屋空いてます。千ギルアップで大丈夫ですよ」
俺は差額を払って引っ越しをした。
「さて、マリエール。まず呼び名だが、マリにする。で、これからのおまえの扱いについて検討する」
「はい。仰せのとおりに……」
「そう固くなるな。別に無理やり働かせようとかするわけじゃない。まず、マリを引き取った理由だ」
おまえは処刑か性奴隷のいずれかの運命だった。
俺はそれがもったいないと考えた。
それほど鑑定スキルは魅力的だった。
ということを説明した。
実際、館にいた時に習得したくても無理だったスキルがいくつかある。
鑑定スキルがその一つだ。
俺と相性が悪いのか、それとも単に俺の成長が不足しているのかはわからない。
「ひょっとして勘違いしてるかもしれんが、マリを性奴隷にするつもりはない。そもそも、俺には性欲がない。というか、性欲がどういうものかわからん。なにせ、俺はまだ六歳だからな」
そのあと、できるかぎりマリに俺を説明していく。
俺はなぜか女神の加護を授かった
この加護はスキルを得やすくするための力を施してくれる
ただ、俺には魔力がない。
だから、魔法は使えない。
そのために俺はとある貴族家から追い出された。
しかも、手足をがんじがらめにされて森の奥に捨てられた。
正直、俺には人間への不信感がかなりある。
それでもこの世界、一人で生きるのは辛いものがある。
それは森からの脱出でしみじみと味わった。
俺はアラサーの異世界人と六歳の子どものハイブリッドだ。
いろいろと無知だし、孤独には慣れていないんだ。
仲間をみつけなくちゃいけない。
確かに俺には人間への不信がある。
だが、他人から俺を見たらどう見える?
得体のしれないガキだろう。
俺が他人を信用できないのと同様、他人も俺を信用しない。
もう一つある。
俺は殺人に対し、少しも動揺しなかった。
人外になりつつあるという恐れがある。
闇に染まる前に現世に俺を繋ぎ止めるもの。
俺は信頼できる仲間を見つけ、そして彼らとの人間関係を作り上げていく必要があるんだ。
そのために役に立つのがマリの鑑定スキルだ。
俺はそう判断した。
「だが、その前に俺もマリも能力が不足している。特にマリには自分で自分を守れる程度のスキルはつけてもらいたい」
「でも……」
「ああ、これからそれを実験してみる。俺には女神の加護の劣位バージョン、フェルノーの加護というものがある。ああ、フェルノーというのは俺の本名だ。フェムルという偽名を使っているがな」
「フェルノー様……」
「その加護をマリに与える。そして、マリに俺のような力が備わるのかを試してみる。いいな」
「はい……」
「元気を出せ。じゃないのなら、炭鉱にいってもらうぞ」
「はい!」
「よろしい。空元気でも出していれば、そのうち本当の元気になるってもんだ」
「はい!」
「というかな、もうマリには俺の加護がついている。自分を鑑定してみな」
「ほんとだ……」
「この加護の恩恵の一つは、スキルを得やすくさせることだ」
「スキルを?」
「うん。では、スキルの基本的な力を増す訓練をする。まず、これが女神像だ。これに向かって祈りを捧げよ。祈りは何でもいい。女神様を拝むのであればな」
女神像は俺の前に現れた聖人を参考にした。
有名なサモトラケの彫像女神ニケの頭部に、ブグローという画家の作品アプロディーテを模したものをくっつけた。
ちなみに、俺には彫像スキルが発現している。
「ああ、なんて素敵な女神様……わかりました! やってみます!」
約1時間後。
「あ、なんだか暖かいものに覆われているような」
「ああ、俺からもわかるぞ。俺は色々な力のオーラを感知できるんだ。それにしても、意外と早く【マナ】が湧いてきたな。マリには才能があるかもな」
「え? えへへ」
「おお、そうだ。その前向きの心。今、笑顔が溢れたことでオーラの力が増したぞ。その調子。じゃあ、疲れるまでやってくれ。俺も自分のスキルを増やせないか瞑想してるから」
さて、無事【マナ】を感じ始めたマリ。
「じゃあ、次はこの空の魔石にその【マナ】を注ぎ込んでみて」
これは新しい試みだ。
魔石の【マナ】バージョンを作ろうというのだ。
女神の加護によれば、できるということなのだろう。
可能ならば、飛躍的に世界が広がる。
【マナ】量の多い俺はともかく、たいていは【マナ】不足に陥ることが多い。
であっても、このマナ魔石があれば延長して戦えるということになる。
この件は俺も一緒に取り組んでみる。
結構難しい。
なかなか【マナ】を充填できないで奮闘している。
と思っていたら、
「ご主人様、できました!」
え。
俺より早く?
「すごいな、マリ。俺が全然できなくて困ってたのに。ひょっとすると、マリ、天才か?」
「わ。すごすぎ?」
「すごすぎ。よし、この調子で」
マリは次々と魔石を充填していったが、やがてガス欠をおこした。
俺もそのうちコツを覚え始めた。
そうなれば、俺は容量が多い。
あっという間に次々と魔石を満タンにしていったのだ。
◇
「なあ、マリ。そろそろ夕飯にしたいんだけど、何がいい? 外で買ってくるけど」
「なんでもいいです」
「いや、なんでもいいです、はいけない。それ、後で文句垂れるやつだ。いいか、必ず要望を伝えろ」
「え……じゃあ、あれとあれ」
俺は夕食を何セットか買ってくる。
食べないのはインベントリ行きだ。
「なあ、マリ。おまえさっきさ、何でもいいって返事したろ。説教するわけじゃないんだけどな、おまえ、ちょっと依存心が高いことないか?」
「あ」
「結論を自分で出さずに誰かに丸投げすることよくあるだろ」
「……」
ああ。
図星の顔してるな。
これはマリの依存心をなくす訓練だ。
「なあ、マリ。おまえのボーイフレンドな。あれ、どう見ても悪い男だ。それもかなり悪い男だぞ。自覚ある?」
「いえ、そんな」
「あれは犯罪者だぞ。方々でやらかしているはずだ。人も何人か殺していると思う。今、奴は取り調べを受けているから余罪が出るとは思うが」
「まさか……」
「俺はそういうことがわかるスキル持ちなんだよ。おまえ、今、新しい【マナ】を体に纏ったよな。俺はそれが見えるんだが、ヤバいやつはそのオーラが濁ったり歪んだりしている。そして、奴は今まで見た中でも最悪に濁ってねじれたオーラの持ち主なんだ」
「あ、心当たりが……私、何故か悪い男に惹かれる……お母さんもお姉ちゃんも」
「なるほど。遺伝的な傾向か。あのな、悪い男に惹かれるのは多分にマリが善人だからだぞ」
「え?」
「俺にはオーラが見えるって言ってたよな? 悪人はオーラが濁り歪んでいる。善人は透明で歪みがない。マリは割と透明だ。この世界ではかなりの善人よりなんだ」
これもマリを選んだ理由の一つだ。
マリは色々と問題はあるが、根っこの部分は善人だ。
「はあ……」
「でもな、マリのようなタイプにありがちなんだが、マリには奴が非常に行動力に溢れ堂々とした独立心旺盛な野心家に見えているはず」
「ああ、あたってる……」
「そりゃ、自分は飯のメニューさえも他人に決定させるほどだ。ヤツのようなタイプは光って見えるかもしれない。でもな、それはある意味、マリが善人で奴が悪人であることも影響してると思う」
「そうなの?」
「つまりな、マリは自分にないものをやつに求めているわけよ」
「ああ」
「善人てのは、心優しきものと決まっている。だが、強烈なものに対抗するのは苦手だったりする。マリもそうだろう。結果として自己評価は低めになるかもしれん。こんな心の弱い私とか思っているかもしれん。だからこそ、ああいう好き勝手放題の男を眩しく思うわけだ。私もああなりたいと」
「……」
「いいか、それは多くの人にある心の動きだ。マリが特殊なんじゃない。でもな、やっぱりそれじゃダメだよな。要するに他人を見て自己満足してるだけなんだよ。奴の強さを見て自分も強くなったような気がしてるだけなんだよ」
「……」
「お前は間違いなく善人だ。その善人がなぜ処刑されるような事態を引き起こした?」
「……」
「心の弱さじゃないのか? やっちゃいけないのに、つい人の情報を鑑定した。話しちゃいけないのに、秘密にしきれなくて他人に話してしまった。そんな感じだろ? だが、ほんのできごころかもしれんが、それが重大な結果を生んだ」
「……」
「お前のすべきことは、あの悪人を自分に投影することじゃない。おまえの心を鍛えることだ。そうでなければ、再びやるぞ」
「御主人様、私のこと怒ってない?」
「怒ってないよ」
あのときは関係者を処分して他国にでも逃走するか、ぐらいは思っていたけどな。
「今は、新チーム結成に向けてするべきことをしようと思っている。だから、まずはおまえの弱点を補強する」
「新チーム?」
「ああ。こんな世界だからこそ、俺の周りは信頼できる仲間で固めたい。一人目の候補がおまえだ」
「私? あんなことしたのに?」
「だから、弱点を補強しようとしている」
「できるかしら……」
「当たり前だろ。罪は奴隷落ちして償っている。何の憂いもない。あとはこの先どうするかだ。俺を信じろ。女神様を信じろ。お前は善人だ」
「……ありがとう」
「何、泣いてるんだ。俺は泣く人間は嫌いだ」
「ひゃい」
「ただ、一つ言っておく。善人だからいいとは限らない」
「え?」
「善人のパラドックスってのがあってな。良かれと思ってやったことが裏目に出ることってよくあるだろ?」
「うん」
「おまえが彼氏の家に行く。彼氏のお母さんが料理を出してくれた。それはお前の好物だとお母さんが聞いていたものだ。でも、それはお前の嫌いなものだった。で、どうする?」
「黙って食べちゃうかも……」
「母親のガールフレンドイビリと思うかもしれんし、無理して食べて腹を下すかもしれん。正直にこれ嫌いですって言って、場を凍らせるかもしれん。ま、普通はいい場面にはならんわな」
「うん……」
「困るのは、善人は良かれと思ってそれを疑いなく押し付けてくることだ。個人間だけじゃない。宗教とか政治なんかでもよくあるよな。まあ、組織立ってくるとそこに利権が発生したりするんだが」
「凄い。経験豊富な賢者様みたい」
「いや、割とみんなが知ってる経験則なんだが」
「いえ、やっぱり貴方様は女神様の使徒様……」
「いやいや、俺を祈るな。
ていうか、一応、マリに心のなかで謝っておく。
俺は適当なことをもっともらしく並べただけなんだ。
マリみたいなタイプは感激してくれるかなって。
まあ、ペテンっぽいんだけど。
俺の半分はアラサーおじさんだからね。
ただ、俺の転生はマリには黙っていたい。
何しろ、マリは十五歳、高1女子だ。
半分アラサーの俺には案件以外の何物でもない
それに何度も言うが、俺には性欲はない。
それはフェルノーの肉体に引き寄せられている。
つまり肉体的には小学校低学年男子なんだ。
仮にあったとしても、さすがに十五歳女子は対象外だ。
二十歳前後でも若すぎると感じるのに。
俺は同年程度の女子が好きだったんだ。
まあ、どの年齢にもあんまり相手されなかったけどさ。
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