第三章 第四話

「行くぞ。準備はいいか」


「いいわよー」


「い、いいよ」


 史郎を先頭に、左後ろに唯美、右後ろに琴音がついて、トライアングルを組んで東地区へと侵入する。今日は裏路地からではなく、堂々とメインストリートの方から入っていく。


 もはや、岩城側の勢力が敵対意思を見せているのだ。ブラックファルコンがそこに来る理由もタイミングも予測されている。コソコソと入る必要はなかった。


「よう、ファルコンさんよお」


 メインストリートを歩き、北向きの道に入ったところで、予想通りお迎えがお待ちかねだった。


「岩城明人だな?」


 そこにいるのは、眼鏡をかけた痩せぎすな、目つきのぎらついた男だ。写真で見た岩城本人に間違いなかった。


「これはこれは、高名なファルコンさんがお見知りおきとは。光栄の至り」


優理音まりね!」


 小馬鹿にするような受け答えをする岩城の横に、男に捕らえられている優理音まりねがいる。本気になればこんな拘束を受けるようなレベルではないのに、と琴音は訝しむが、今目の前にあるのが現実だ。 


「まずはその娘を離せ。それからなら穏便に話し合いをしてやってもいいぞ」


 史郎が岩城に交渉を持ち掛ける。岩城も何らかの交渉の材料として優理音まりねを拉致しているのは明白だ。そして、案の定、史郎の持ちかけに吹っ掛けてきた。


「そいつは無理な相談だ。まずはこちらの要求をのんでもらわんとな」


「言ってみろ」


 史郎は先を促す。岩城は、ペッ、と唾を吐いてから言葉をつづける。


「俺たちに東地区の自治権を渡せ。そして、一切の不干渉を誓約しろ。この娘は公安だろ。こいつらの手も引かせろ。あんたならできんだろ?」


「別にここで何をしようと俺は知らん。それに公安に手を引かせることもできんことはない。だが、不干渉は無理だ。ニシナリの治安を乱すというなら、放置はできん。治安の悪化は儲けに響くんでな」


「は、ブラックファルコン様は真面目なこった。そんなみみっちい稼ぎなんか放っておいて、俺たち能力者ならではの儲け話に乗らないか? こんな特区に押し込められてるのはもうごめんだろ」


「俺は別に押し込められてるわけじゃないんでね。お前が悪さをするってんなら、潰すだけだ。いいぞ、かかってこい」


 史郎はずい、と一歩前に出る。優理音まりねが捕らわれているので、琴音は気が気ではない。さすがに、何かしら危害を加えられそうになれば、優理音まりねもそのまま黙ってはいないとは思いつつ、こういった荒事に優理音まりねが向いてないのもよく知っているからだ。


「あの娘、いいのか?」


 くい、と顎で優理音まりねの方をさす岩城。人質を取っていることが有利になる、と思っている顔だ。


「やってみろ。その後おまえがどうなるか楽しみだがな」


「ちょっとファルコン!」


 けしかけるようなことを言う史郎に、琴音は非難めいた口調で咎める。


「だいじょぶだいじょぶ。優理音まりねだってタダではやられないでしょ」


「いくらもらってもやられてほしくないのよ!」


 史郎の後ろで唯美と琴音が小競り合いをしているが、史郎は意に介さない。


「もう一度言うが、その娘を離せ。そうすればまずは話し合いから始めてやる。そうでないなら、潰す」


「へへ……ブラックファルコンといえど、三人で何ができる……こっちは二〇以上いるぜ?」


 岩城の表情は、緊張はしているものの焦りは見えない。それなりの自信を持っているようだ。


「二〇人かあ。まあ実力にもよるけどねえ」


「常識的に見て、戦力差六倍以上は能力者戦のセオリーだと不利じゃない?」


 唯美は余裕を見せているが、本格的な能力者戦の経験がない琴音は不安に駆られていた。


 能力者レベルがひとつ変わると一〇倍の出力差となる。全く同系統の能力者が差しでやりあえばレベルの高い方が圧倒的に有利と言えた。だが、それらが複合的な要素を帯びてくると、話は変わってくる。琴音はそのことを言っているのだ。


 だが、史郎も唯美も、相手に負けず劣らず余裕の雰囲気を見せている。自信なのかハッタリなのかは、琴音には判断がつかない。


「琴音だって、今でレベル六クラスなんでしょ? 優理音まりねも」


「まあ、そうだけど……」


 二人は公安の規則によって能力抑制チョーカーを付けている。最大値でレベル六相当までしか行使できないのだ。史郎と唯美がどれくらいか、というのを琴音は知らないし、レベル六ですら、相当レアなのだ。二人が本当に同レベル程度だとしても、二〇対三は不利にしか見えない。


「早く選べ。俺は気が短い」


 史郎は強気の交渉を続けている。ずい、とさらに一歩踏み出る。能力者には『間合い』というものがある。それぞれの能力者特性によって効果範囲があり、それは千差万別だ。


 史郎の間合いがどれくらいか。それを相手が知っているのか。その辺りによっても圧迫効果は違ってくる。


「ちなみに琴音はどれくらい?」


「え? なにが?」


「胸の大きさを聞くシチュじゃないでしょ? 効果範囲よ」


「あ……! むう……能力強度に寄るけど、最大値半径二〇〇〇キロくらいよ……」


「え。化け物じゃん……!」


「探索系とかだけだから。物理攻撃はさすがにせいぜい数百メートルかな」


「それでも化け物じゃん」


 史郎の後ろでひそひそと会話する二人。


 琴音と優理音まりねは自然元素の支配精霊を使役できるため、ものによっては効果範囲が異常に広い。岩城の捜索に使った探索も、時間と不可は大きいものの、広範囲捜査を可能としていた。


 攻撃においても、数百メートルの射程があるとすれば、それは甚大なアドバンテージとなる。


「ま、私はCくらいだけどね」


 ちらりと琴音の胸元に視線を落とし、ふふん、と唯美は鼻を鳴らす。


「そこじゃないって言ったじゃん、唯ちゃん!」


 後ろでつまらない話をしているのも史郎には聞こえているが、無視して話を進めていく。


 琴音から見れば、史郎も唯美も落ち着き払っている。力量によほど自信があるのか、トラブルに慣れているのか。


 本来琴音もトラブル上等の職業ではあるが、何せ新米、まだ経験値が及んでいない。心臓は高鳴り、心は緊張している。何より、優理音まりねが向こうの手に渡っているのだから気が気ではない。


 史郎はもう一歩進む。


「そ、それ以上近づくな! おとなしくこっちの条件をのめ! そうすりゃ何も起こらないだろう!」


「飲めんな。今なにも起こらなくても、明日起こるかもしれん。それは看過できん」


 その言葉を最後に、静寂と緊張が走る。


 すでに間合いに入っているのはお互いに理解していた。あとは、どちらが先に、どう仕掛けてくるか、だ。


 史郎と岩城の能力はどちらもPK。単純なタイマンなら、レベルは未知ながらおそらく史郎の方が強いだろう、というのは予測できる。だが、周囲にいる岩城側勢力の能力のすべて把握はできない。


「よーし、戦闘開始ね! 悪魔ブエルの名において顕現する! 魔力障壁Magic Barrier!」


 唯美が開戦ののろしを上げる。瞬時に周囲が魔力障壁で隔離される。


「史郎、思い切りやっちゃっていいよ。周囲二〇〇メートル四方から外の街は守った」


「おうよ」


 史郎が動く。岩城はそれに合わせて後ずさった。


「おい! その女、やっちまえ! 交渉は決裂だ!」


 岩城が優理音まりねを捉えている男に命令すると、男はためらわずにナイフを優理音まりねに突き立てる。が。


「な、なんだ?」


 そのナイフは弾き返される。それに怯んだ一瞬をついて、優理音まりねが腕をつかんで男をひねり倒した。


「傷害、殺人未遂、拉致監禁の現行犯で逮捕しますね」


「う、嘘だろ!」


 自分より明らかに小柄な少女にやり込まれたことに驚愕する暇もなく、男は能力制御機能付きの手錠をかけられて無力化された。優理音まりねは確かにたおやかに見えるが、だてに訓練を受けていなかった。


「やったね、優理音まりね! さあ、こっちへ!」


「うん!」


 琴音が手を伸ばし、優理音まりねがそれをつかむ。しばし抱き合って無事を喜んだあとは、すぐに戦闘モードに入る。


「琴音、冷静にね」


「わかってる!」


 琴音がともすれば暴走しかねない、と優理音まりねは釘をさす。


「グノーム! 友に護りを! 大地の護り《Tutela Terrae》!」


 そして、支援ワードを放つ。瞬時に、琴音と優理音まりね、そして史郎と唯美の周囲を大地の加護が覆い、一定のダメージを防いでくれる。


「ありがと優理音まりね。少し後ろから支援しといて!」


「了解、琴音、気を付けて」


「戦闘シミュレーションはたっぷりしたからね。いけるよ!」


 口ではそういうが、まだ心臓は早鐘を打っている。目前ではすでに能力戦が展開されていて史郎と唯美に攻撃が集中しているようだが、二人の動きはよどみない。


 史郎はPKによって物理攻撃を防いでいるようだ。岩城がそこらにある岩塊を投げつけ、その他の能力者もそれぞれの能力を駆使して史郎に対抗しようとしているが、そもそも史郎がPKによって効果範囲のうちに近づけさせずに各個撃破、というのをやっているようだった。


「強いわ、ファルコン」


 その手慣れた戦い方を見て、琴音は嘆息する。


 唯美は攻撃魔法による遠隔狙撃でこちらも確実に一人ずつ仕留めている。


「悪魔アモンの名のもとに放つ! 《連弩炎Continuous Crossfire》!」


 唯美の放つ力ある言葉は、周囲の空間に膨大な火炎の矢を出現させ、一対多数に対する効果的な攻撃となっていた。


 二〇対四となったと言いつつ、事実上二〇対二でも引けを取っていない。


「よし、あたしも。サラマンドル! 《聖なる劫火Ignis Sacer!》」


 琴音がサラマンドルを行使する《ワード》を放つ。琴音の周囲に青白い焔の球が数体出現する。


 琴音は乱戦になっている中、史郎に狙いを定めていると思われる男一人を指さし、放つ。


「いけえ!」


 その指示通り、焔のひとつが高速で男に射出される。刹那、その男は劫火に包まれてのたうち回り、戦闘力を失う。


「火力調整はしてるから死にゃしないよ! さあ、次!」


 琴音は遠隔から次々と無頼漢を無力化していく。琴音の力に気づいた男の幾人かが狙いを定めて能力や物理で攻撃を仕掛けようとするが、そもそも能力者の能力で戦闘に特化された能力は少ない。低レベル能力者は『人より少し変わったことができる』程度だ。


 なので、非能力者には有効な力でも、能力者戦となると話が変わってくる。故に、琴音や優理音まりねのような高レベル能力者は、公安のような組織に望まれるのだ。


 自分に向かってきた男たちとて、所詮はその程度、という事になる。


だが、そのうちの一人は少々様子が違っていた。


「ん!」


琴音の放った『聖なる劫火』を防いだのだ。火力調整をしているとはいえ、打ち消されるとなると相手の能力もそこそことみていい。


「そういや、岩城より上の能力者も入ってるって言ってたよね」


 琴音は史郎や唯美との会話を思い出す。


 向かってくる男は黒マントを羽織り、手には鎌のような武器を手にしている。死神を気取っているのか、と思うくらいのステレオタイプないでたちだ。


「けど、強い……!」


 琴音は持ち前の勘で察知する。威力を調整したとは言え、防いだとなると最低でもレベル五はあると考えてよかった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る