第二章 第一話 能力者特区『ニシナリ』
「ここ、か。本当にここなのか? いや、キミらの能力を疑うわけではないが」
琴音と
「
「いや、まて、ここは……」
琴音たちが特定した居場所。それは、能力者特区『ニシナリ』と呼ばれる地域だった。
能力者は社会から弾かれやすい。上手く協調している能力者もいれば、それを受け入れられない層もいる。また、理不尽な迫害や差別を受けていわゆる非能力者が支配する都市部での生活を諦めざるを得なかった人たちもいる。
そういった人たちの受け入れ先として、政府が指定している地域が能力者特区と呼ばれる地域だった。
とはいえ、実態はスラムに近い。法律上は人権を含むあらゆる行政サービスは、能力者でも非能力者でも公平となっている。
だが、差別はそういった建前とは別に発生する。これは、どの時代どの場所においても必ず残り続ける、人類の業と言ってよかった。
そういった人々が、自らを守るために立てこもる場所、というような意味合いになるまで、それほど時間はかからなかった。
「ここによそ者が入るとすぐに引っかかる。なんせ能力者特区だ。有象無象の能力者がいるし、ここ独特のしきたりがある。キミらのような若い女性が入れば、あっという間に不審者扱いだ」
「ひえ……」
琴音は首をすくめる。
能力者特区やニシナリについて、存在は知っていた。だが、実際そこに行くようなことはないし、実情を知る機会は今までなかった。
「正直、捜査当局だから安全、とも言えない地域だ。過去に死者も出ている」
「マジですか……」
「まあ、常識が通用しないところだ。故に特区、ともいえるがな。当初政府が思っていたものとは違う怪物に育った地域だ」
こいつは面倒だな、と緋崎は顎に手を当てながら思案している。
確かに世の中のすべてが清浄ではないし、光の向こうには影があるのもあらゆる歴史的事実が証明している。そして、影が表に出てくるのは大体光が潰えてからだ。
現在進行形の闇というのは相当に深く、またしたたかなものだ。
「あまり手を出したくない地域だ。そして、我々がそう思うことが相手の思うつぼ、と言う事でもある。最後まで所在のわからなかった岩城がここに潜んでいる、と言うのは状況的にこいつがクロ、と言えなくはない。なんとしても確保しなくてはならん」
緋崎の言う通りだった。
他の二人はすぐに所在が確認されている。つまり、多少の触法はあったとしても、現状逃亡しなくてはならないほどの犯罪に関わっていなかった、という事でもある。
叩けば埃が出る連中はたくさんいるが、そのすべてが潜伏するわけではない。その中で、捜査線上に上がって潜伏している前科付き能力者、となれば、クロの線が高い。
「どうするんです? もしこいつが実行犯なら、野放しにはできません」
「
琴音と
単純な能力戦なら、後れを取るつもりはない。ただ、レベル差がすべてではない、と言うのもこの世界の常識だ。緋崎はこの二人の純粋さを評価してはいるが、それは同時に危うさでもあった。汚い世界に対応するには、相応の汚さが求められることもあるのだ。
「ふむ……コンタクトをとってみるか……」
緋崎はしばらく思案して、何らかの答えを導き出したようだった。
「コンタクト、って、どこへです?」
「毒には毒をもって制す、ということわざがあるだろう? その毒さ」
『毒……?』
姉妹は首をかしげる。
「決まれば明日そこへ行く。そのつもりでいてくれたまえ。いやまあしかし、何を要求されるやら」
最後の一言はぼやきのように聞こえた。
ひとまずこの件は緋崎に預ける形になった。
二人はニシナリについての知識を得ようと、能力者対策課の資料庫へと赴く。
現場で触れる事象は様々だ。新米である自分はもちろん、ベテラン捜査官とて世界のすべてを網羅して知っているわけではない。
この資料庫には、世間一般で手に入る以外の情報もたくさん含まれている。
「能力者特区、地域によってかなり毛色が違うんだ」
琴音は各都道府県に存在する特区一覧を見ていた。相当な数がある。
それは、都心部から田舎の僻地まで、くまなく存在していた。
特に都心部には細かい区割りで存在していて、ニシナリもそんな特区のひとつだった。
「その地域によっては総括役がいるケースもある、か。あ、載ってるよ」
「ブラックファルコン? これまたずいぶん中二病な名前」
「緋崎さんが言ってたの、ここじゃないかな。琴音、明日それ言っちゃだめだからね?」
「さすがに言わないけどさ。ここに話を通すと捕まえてくれるって事なのかな」
特区の扱いはまだよくわからない。緋崎のいいようだと、『面倒』らしい。公安は正義を行使する公権力のはずだが、それをもってしても強制的に踏み込むことは危険を生ずる、という事であれば、正義とは何か、と思わなくもない。
「これは、裏取引なのかな」
「琴音、それも言っちゃだめだからね!」
「はいはーい。一応立場はわきまえてますから」
「どうだか」
琴音が何かいらぬことを言い出しそうで
捜査は今、岩城明人の確保がひとつの山となっていた。
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