第一章 第四話
二日後、快晴の中、琴音と
「よーし、お昼にしよう。
「大丈夫、なの」
琴音の問いに、
まだ言葉は少ないし、表情もあまり喜怒哀楽が出ないが、
「美味しい?」
「美味しいなの!」
こくり、と
「さて」
ある程度サンドウィッチを平らげた琴音は、やおら立ち上がる。
「やりますか」
「あたしは水から行くね。
「そうだね。それがよさそう。どっちも、絶対にそこにつながってるはず」
「オケ、じゃあ」
琴音は右手を前方に高く掲げ、手のひらを空に向ける。
「ウンディーネ! すべての水脈、水に連なる気配からこの男を探して!」
岩城明人の顔写真、その他データなどを脳裏に詳細に思い浮かべ、自らの能力である、『支配精霊との契約』に基づいて、水の精霊ウンディーネに命じる。
琴音の手のひらから一条の水柱が生まれ、それは瞬時に細かい水滴となって弾け、大地へと吸収されていく。
「シルフィール! すべての風のそよぎに触れるもの、その流れをさえぎる存在からこの男を探して!」
続いて
一陣のそよ風が三人の頬を撫でたかと思うと、それは風の急流となって天空へと去っていった。琴音や
「よし、あとは報告待ち。全国規模でやるならやっぱり自然豊かなとこでないとね」
「街中だとあの子たち、調子悪いもんね。あたしたちの力はジャミングしにくいし、これで見つかるといいけど」
二人の行動を、
「
「能力を犯罪に使うなんて、あっちゃならないことなの。あたしたちはそういう想いでこのお仕事を選んだ。でも、
「そんなに急がなくても、たくさんあるからね」
ただ、その食べ方に、
「ね、琴音。
「そりゃまあ。父親は他のチームが探してるし、自然と身辺情報も上がってくると思うけど」
「そっか、それを見てからでもいいかもだね」
「あんまり他のチームの捜査に横やり入れると、あとが面倒になりそうだしね」
「あ、琴音、もう官僚じみた思考になってる」
「しかたないじゃん。この短期間でもいろいろわかっちゃうんだから」
公的機関は縦割りだ。同じ警視庁の下にある警察庁と公安庁の間でも、情報共有がなされないことが多い。特に公安は秘密主義で、他部署との連携がおろそかになりやすく、それは公安特別部能力者対策課という、全体としては比較的小さな組織でも同じだった。
捜査チームごとの情報共有は首席捜査官のブリーフィングがあって初めてなされる、というレベルであり、捜査中にチーム間の垣根を超えるといやな顔をされる、と言うのは暗黙どころか、公然とした了解だった。
市民の安全を第一に考えるべきこういった組織が、内部での縄張り意識や手柄の争いでぎすぎすしているのは、琴音たちから見ると滑稽に見えた。
「火中の栗は拾うな、かな」
琴音は自嘲めいた口ぶりでそういった。今はまだ新米だ。自分のできることをやろうと思う。いつか、改革できるような立場になれるのだろうか。それとも、そうなったらなったで、組織に飲み込まれてしまって麻痺しているのだろうか。現時点では、琴音にも
絞り込まれた三人の捜査状況を共有するブリーフィングは、それから二日後に行われた。
「サイコメトラーの方で倉本と櫻田の二人の所在は判明した。ひとまず任意聴取をしたが、倉本と櫻田はこの件に関してはシロだ」
緋崎は現状の捜査状況を報告する。
「この件に関しては、ですか?」
琴音はそこに引っ掛かる。
「ああそうだ。まあもともと裏の世界の連中だ。普段からろくなことはしていないし、叩けば埃は出る。あいつらからすればとんだ災難かもしれんが、こちらからすれば悪くない話だ。別件で逮捕拘束となった。あとは岩城なんだが」
岩城明人は琴音のチームの担当だ。先日二人の力を解き放って全国津々浦々までその痕跡を追っているが、まだよい手ごたえは返ってきていない。
「本部のサイコメトラーではまだ手掛かりを得られていない。何らかの強力なジャミングを施しているか、彼らの能力の効果範囲の外にいるのか、その辺りが判然としない。琴音クンたちの方ではどうかな」
能力は脳の突然変異であり、オメガ波という能力者特有の脳波と出力サイクルが関係している、という事はわかっていた。それを逆用すると、能力の効果を打ち消すことが可能になりつつあるのが現代だ。
通常能力者本人にその出力サイクルを阻害するガジェットを装着させるのが一般的だが、遠隔知覚系に関しては少し状況が異なった。
探されている本人がそこに到達してくる能力のサイクルを乱す、という方法で一定のジャミング効果が得られることがわかっている。
もし、岩城明人がその辺りに知見を持っていたら、それで逃れている可能性もあった。
だが、琴音と
二人の能力は支配精霊との契約。契約自体が能力であり、それによって起こる様々な能力の行使は、精霊たちとその眷属によるもの、という一般的には知られていない特殊なものだった。
そんな性質から、通常のジャミングを回避できる性質を持っていた。
緋崎はそこを尋ねていた。
「今のところ、手掛かりは得られていません。捜索範囲が広いので、もう少し時間が必要かと思います」
「時間か。そりゃあ時間をかければいつか見つかるさ。千年後か? 一万年後か?」
琴音の回答に、他の捜査官から聞こえるようにヤジが飛ぶ。チーム間で足の引っ張り合いをすることは、よくあることだった。本来の捜査という主任務から外れた視点で仕事をしている連中も、少なからずいるという事だ。
そして琴音に投げかけられたこの言葉は、多分に能力者に対する差別意識も含まれていた。
能力者対策課、という部署でありながら、非能力捜査官からの能力者に対する理不尽な扱いはなくならない。社会の縮図がここにもあった。
「そうですね。それくらいあれば無能な人にでも見つけられるかもしれないですね。あたしたちならもう少し早いかもですけど」
「琴音!」
言い返す琴音をたしなめる
「琴音クン、では、彼らを放ったのかい」
「ええ。あたしの水と、
二人が公安特別部に見いだされたのも、この『精霊の行使力』が最大の理由だった。希少価値の高い能力はそれだけで強い抑止力に使えるからだ。
「よろしい。期待しておこう。そしてもう一度厳に言っておくが、ここは能力者対策課だ。能力者犯罪に対して非能力者、能力者の垣根なくそれらの悪に対して正義を行使する場所だ。狭い了見でその和を乱さぬよう認識のアップデートを怠らぬよう」
先ほどの捜査官の行動にくぎを刺しつつ、全体へ周知する。
「星合姉妹は今月配属されたばかりで、本格捜査への参加は今回が初だ。諸君は彼女たちの年齢やみかけで見くびっている者もいるようだが、今回、認識を改めることになると僕は思っている。諸君らはよき先導者となるよう期待する」
この上司がいなかったら、三日で心折れてたよね、と琴音は思う。
緋崎将星は非能力者だが、能力者に対する認識が先進的だった。非能力者の多くは、ギフトとも呼ばれる能力者の能力に嫉妬する。それが普通の感情だ。
そして、マイノリティである能力者を排除しようとする。
これは、能力者を宗教信仰者や民族や障害、などと置き換えても成立する、集団社会の心理傾向だ。社会があれば、そこに差別は存在し、絶対多数が絶対少数を排除しようとする。どんなきれいごとやお題目を唱えたとして、こういった低俗な集団心理を駆逐することはできない。
今時、足で稼ぐ捜査にこだわる非能力者もいれば、データや監視カメラ、その他の文明の利器を駆使する者もいる。それらの一環として、能力者の能力というものも有効に活用されるべきだ。それなのに、社会はその力への恐怖から極端な排斥に動いた時代があった。
今は少しマシになったが、その名残は暗い影を落とし続けている。だからこそ、琴音と
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