フロンティア・シグナル

@karasu16384

第1章:《接続》

第0章《遺された世界》

 ──世界は、もう三分の一しか残っていない。

 かつて大地を覆っていた都市も、海を渡っていた交易路も、すべては千五百年前の大戦で焼き尽くされた。


 かつての超文明は、最後まで生き延びようともがいた末、沈黙した。残されたのは、断ち切られた記録と、土中に眠る遺構だけだ。

 人類は“生存圏”と呼ばれるわずかな土地に群れ、五つの巨大企業の支配下で息をついでいる。


 その外側──フロンティア。


 荒れ果てた地平には、旧文明の亡霊と呼ばれる機械群や、変異した生物、人類でありながら異形となったものが徘徊していた。


 そこは、壁の内で暮らす者にとって“死”そのものを意味する場所だった。

 外壁都市ラスピル。


 鉄錆と煤に覆われたこの街で、ベルとセエレは企業に登録された下級ワーカーとして、その日暮らしの探索任務を渡り歩いていた。


 企業にとって下級ワーカーは、ただの使い捨ての駒に過ぎない。

 危険な任務で生き残り、成果を上げた者だけが中級ワーカーへと選別され、さらにごく一握りが企業の戦力として上級ワーカーの座に就く。


 ベルとセエレは、その底辺の階層から抜け出すことを夢見ていた。

 日銭を稼ぎ、安酒で喉を潤し、翌日の空腹を想像しながら眠る。


 彼らは名も無き墓場から部品や武器を拾い集め、時には命と引き換えに“旧世界の欠片”を持ち帰る。

 ベルは楽観的だった。どれだけ危険でも、目の前の壁を越えれば、明日は変わると信じていた。

 セエレは現実的だった。どれだけ足掻いても、この世界の底辺は変わらないと知っていた。


 だが、その日、二人は──境界の向こうへ踏み出す。

 “未踏遺跡”と呼ばれる区域。

 地図にも記されず、探索者の多くが帰らなかった場所。


 そこは静寂に包まれていた。空気が、音を拒むように凍りついている。

 ひび割れた石畳の奥に、黒曜石のような塔がそびえていた。

 扉は、彼らを待っていたかのように音もなく開いた。


 ──そして、声が響く。


 《皇統因子、確認。接続を開始します──》


 ベルの視界が白に染まり、意識の奥底に、誰かの影が立ち現れる。

 それは、執事のように整った礼をし、古風な口調で告げた。


 「お初にお目にかかります。私はツチミカド。

  あなたと共に、皇国を取り戻す者です」


 その瞬間、静かだった世界は音を取り戻し、

 二人の運命は、動き始めた。


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