『寝不足』
アラフォーの中の人
『寝不足』
「しょうたー、今度の日曜日さぁ、新しくできた遊園地に行こー」
風呂から上がった京子は、濡れた黒の長髪をバスタオルで優しく包みながら、明るく提案してきた。
「分かった。行くとしようか」
これでまた、俺の一週間の寝不足は確定した。
これで何度目だろう。
大学の卒業前に付き合い始めて、もうすぐ二年になる。
同棲を始めてからは約一年だ。
俺は、京子とのデートの度に、綿密なデートプランを立てる。
朝は何時の電車に乗るか?
ご飯やカフェはどこがいいか?
お土産は?
アトラクションの順番は?
綺麗な夜景が見えるスポットは?
京子が少しでも楽しんでくれるように、次に行く場所について予習する。
もちろん、雨が降った場合や、京子の気まぐれで、予定が狂った時のためのサブプランも用意している。
最初の頃は順調だった。
どんなことが起ころうが、樹形図にように枝分かれした綿密なデートプランに狂いはなかった。
ちょうど、同棲を始めた頃からだろうか、少しづつではあるが、俺のデートプランに狂いが出始めた。
京子が食べたいもののお店が、周辺に無かったり。
俺に服をプレゼントしたいと、半日ほどもいろんなお店を回ったり。
テーマパークでは、そのキャラクター好きだったっけ?と思うようなマイナーなキャラクターを探し歩いたり。
想定していなかったアクシデントに、これでもかと見舞われるようになった。
その度に、次回こそは完璧なデートプランを作って喜ばせてやろうと、気合いを入れ直していた。
明日はついに、遊園地デートの日だ。
今週も、京子が寝てから、毎晩深夜遅くまでデートプランを考えていた。
おかげで目の下のクマがすごいことになっている。
俺の苦労も知らず、可愛らしい寝息を立てている京子を寝室に残し、最終確認のためにパソコンを立ち上げる。
同棲を始めた時に、一緒に買った思い出のパソコンだ。
京子は、スマホで撮った写真を取り込んで、アルバムを作ってくれている。
そういうことが苦手な俺にとって、とてもありがたいことだ。
だが、彼女と一緒にアルバムを見返す度に、敗北を味わわされる気持ちになる。
パソコンが立ち上がると、明日のデートプランの最終確認をする。
見つからないように隠しているエクセルのファイルを開き、この一週間の成果を頭に叩き込む。
後は寝るだけだ、となった時、ふと一年程前のデートプランのファイルを見てみることにした。
夏の花火大会の時のファイルだ。
この時は射的で、彼女が欲しがったクマのぬいぐるみに、なかなか命中せず
花火のよく見える穴場スポットに辿り着けなかった。
不器用な俺には、正直射的なんか向いていない。
何度も挑戦していると、見かねたテキ屋のおっちゃんが、
「これに当てたら努力賞ってことで持ってっていいぞ!」
そう言いながら、銃口の目の前までぬいぐるみを持ってきてくれた。
「彼女、大切にしてやんなよ!」
俺の耳元で囁いたおっちゃんに、何度も感謝の会釈をしながら花火を見に行ったっけ。
そんな思い出に耽っていると、見覚えのない二枚目のエクセルのシートがあった。
俺は一枚のシートしか作らないようにしている。
不思議に感じながらも、クリックして中身を確認することにした。
そこに書かれていた内容は、俺が知らないものだった。
『98点!もう少しあたふたしてる翔太も見てみたかった!』
『でも射的を外してる写真をたくさん撮れたからおおむね満足です!』
そこには、射的を頑張る俺の後ろ姿と、満面の笑みでピースをしているおっちゃんの写真が添付されていた。
俺はそっとパソコンを閉じて、彼女が寝ている寝室に向かった。
「俺は、これから一生京子には勝てないよ」
そう小声で呟き、クマのぬいぐるみを抱いて眠る彼女の横へ潜り込んだ。
これからも俺は、デートの度に寝不足に悩まされるだろう。
『寝不足』 アラフォーの中の人 @the_man_in_around_40
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